最果タヒさんの「コンプレックスプリズム」を読んで思い出したこと

 コンプレックス、劣等感。生活していると無意識的のうちに他人と比べたり、何が言われたりして感じざるを得ない。
最果タヒさんの「コンプレックスプリズム」を見つけた時に私のための本だ、と思って即座に手元に置いた。


コンプレックスという言葉にするたびに、必要以上に傷つくものがあったよ、本当は、そんな言葉を捨てた方がありのままだったかもしれない。


コンプレックスって傷つくよなって確認することができたし、今になって自分が救われた気持ちになった。
 良かったね、私。
友達とそういう類の話をしないからこんな風に思っているのは自分だけだと思っていた。

むかし、といっても幼稚園とか小学校低学年の時、背が高い自分が嫌で嫌で仕方なかった。
 周りの同級生はいつも私の視線の下にある。写真をとるとその差は歴然だった。いつも写真を撮ると「同い年に見えない!!」と嘲笑を具現化したような周囲の人の表情と声色が幼少期の私を傷つけていた。
だから、当時の私は写真を撮るのが好きではなかった。それでも、集合写真や親、友人の親がカメラを構えた時は撮られざるを得ない。それならと思い、私は片足に体重をかけ、反対の足は少し曲げて少し背を低く見せていた。
 それを見た母親は何で、と言っていたが当時の私にはよくわかっていなかったけど、他人と比較されることにたいして苦痛に感じていた。「傷つくからやめて!!!」ということができなかったのだ。
 
今では周囲の人も背が伸びて目立たなくなったし、むしろ、背が高い自分が好きになった。

コンプレックス、そんな言葉を捨てた方が本当に自分が感じていることが良く視えるかもしれない。


  

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