別姓を求める訴訟の盲点

現代の家族、夫婦間の価値観に対する捉え方の変遷から、男女同姓による婚姻に異議を唱える声が多く出されはじめている。

そのような中で、度重なる選択的夫婦別姓に関する訴訟の新たな判決が出された。

"夫婦別姓訴訟、二審も棄却。原告側は、戸籍法上に新たなルールを設けるよう求めていた" https://www.huffingtonpost.jp/entry/story_jp_5e5505e7c5b65e0f11c694fd?ncid=other_twitter_cooo9wqtham&utm_campaign=share_twitter

私としては「民法750条を改正しないまま戸籍法を改正するのは法体系を無視している」という国側の主張は最であると思っている。

夫婦別姓を求める何れの訴訟もこの争点に対して争うべき「焦点」のあて方が「法理論」から少しズレてしまっていると感じているからだ。

主な争点とすべき法律の条文、民法750条は「夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫又は妻の氏を称する」と男女に選択肢を与え「平等」に規定されている。

それにも関わらず、別姓を求める側は男女の不平等や、外国人との国際結婚との比較から、その不平等を訴えている。

別姓を訴える側が望むものとしては、事実婚であっても法律婚と同等の「権利保障」を「平等」に与えられるよう求め、婚姻時やその後の手続き等の不都合を訴えているのであろうから、その是正を求める為には事実婚と法律婚との平等を訴えなければならない。

( 無論、それを訴えているのであろうけども、その焦点がズレてしまっている )

それならば、男女や国際結婚の不平等ではなく、価値観の変遷と共に別姓を望む民意が多く出ている現代において、法律上で認められる婚姻を望むも、様々な事情や価値観を持つが故に法律婚にためらう男女が数多く存在する事実を示した上で、その男女の「婚姻の不自由」から生じる「保障の不平等」などに焦点を合わせた上で裁判に臨むべきである。

( そこで必要とされる理論展開は、法律婚に踏み切れない事実婚の男女に対し、同等の権利が与えられないことから生じる人権の問題と、それによる社会への不利益等もある事実を証明することであろう )

そして、司法による憲法判断として夫婦別姓制度が必要であるとなるのであれば、民法750条の改正を国会に「命じる」ことになるのでしょう。

( この改正について国会で同時に議論されるべきは、同性婚も視野に入れるのであれば、その文言は『男女』ではなく『互い』や『双方』といった具合にすべきではないかということ )

単に「価値観」や「不都合」だけを強調して「不平等」を訴えた所で、民法750条は日本人の男女に対して「平等」に規定されているので、その法律は微動だにすることはない。

論ずべきは、そこから生まれる感情論だけではなく、筋の通った法律論も必要なのである。

余談ではあるが、私は今まで親の離婚、そして婿として妻の姓に変えてきたことにより、姓が2度変わり、3つの姓を名乗ってきている。

それ故に姓を変えることの面倒な手続きなど、その不備さ等はよく分かっているつもりだ。

最後に、司法はその判決において、夫婦別姓制度自体を否定している訳ではなく、その実現に向けて、国会での議論の必要性を促していることはしかと理解しておくべきであろう。

( 要するに司法の言い分としては、憲法の解釈次第で立法は可能だということを示唆いるのではないかと思われるし 『特にこれまでの訴訟での焦点では』、不平等への違憲判断を出すことは理論上難しく、国会において法解釈を行い、立法をすれば良いということではないだろうか )

そこからも分かるように、法律への焦点をしっかりと合わせて議論していけば、夫婦別姓制度は叶うのではないかと私は思っている。

( それこそ、日本国憲法の

第十三条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

第二十四条 2 
配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、【法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。】

によって、民法は改正されるべきだろう )

別姓を望む側は、その争点に対する盲点にいち早く気づき、民法の改正に臨み、制度実現に向けて頑張って欲しいと思います。

#選択的夫婦別姓 #夫婦同姓別姓選択制度 #憲法 #男女平等

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?