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昔の商業美術を本で楽しむ

明治から戦前昭和までの約80年、一世紀にも満たない短期間に世相は目まぐるしく流動し続け、その過程は享楽的であり妄信的であり、この時代に生まれた様々な文化は、今なお人々を魅了し続けているように思えます。
私も子供の頃からこの時代の虜の一人です。とは言え、全てに関心を持っているわけではなく、一等惹かれているのは商業美術で、それはずっと変わっていません。最も身近で気軽に親近感がわくからでしょうか。
そもそも商業美術とは下記のことを指します。

商業上の効果を目的として制作される美術。商品のデザイン・パッケージ(包装)・陳列、店舗の設計・照明、広告など。応用美術の一部門として発展したもの。

コトバンクより

中でも好きなのは商品のパッケージです。
正直なところ、現在よりも昔の方が優れた図案が多く、当時はこんなに素敵なものが生活の一部だったなんて心底羨ましい感じます。
私が所有しているのは化粧品類ばかりで、食品や薬品などはほとんどありません。希望する物の入手が困難、コレクションの専用部屋がないため飾るスペースの確保が難しいというのが理由です。なので、収集できないものは意匠集を購入して楽しむことにしています。
意匠集は収集家のコレクションが多く、数多の図案を一度に見れるのが良い点です。
今回は、眺めているだけで面白い意匠集を紹介してゆこうと思います。比較的に入手しやすい意匠集を10冊選んでみました。


ワスレモノコモノ

アダチヨシオ『ワスレコモノ』丸善プラネット

値段 ¥1,800(税別)
サイズ 0.4×11×16/95P
入手先 あんてぃかーゆもしくは展覧会など

収集家として著名なアダチヨシオ氏のコレクション本です。
数年前、目黒区のACCESSORY MUSEUMで開催された企画展「身近にあったジャポニスムとアール・デコ〜アダチヨシオコレクション〜」へ訪れた時に購入しました。氏は、このような展示の際にコレクションの貸し出しを行っておられるようで、数箇所の展示会で目にしたことがあります。
書籍の半分以上は化粧品関連で占められており、他には瓶、生活雑貨類など珍しくて可愛いもので溢れています。写真の雰囲気が素敵で、添えられている文章も説明的すぎず、趣を感じます。ちょっとした写真集のような印象です。

『ワスレコモノ』

数多くの古い化粧品が載っています。明治時代特有の和洋折衷ラベルがいい味出しています。

『ワスレコモノ』

やはり化粧品のラベルと容器は美しくなければなりません。味気ないプラスチック容器よりもガラス容器の方が贅沢な気がします。

『ワスレコモノ』

ガラス製の汽車土瓶。ここに書かれているような内容を、ガラス収集家の方に教えていただいたことがあります。汽車から投げ捨てられた土瓶が畑に落ちることがあり、農家の人が壊して処分していたそうです。数が少ない上に状態不良が多く、入手は困難とのことです。

『ワスレコモノ』

昔の味噌・醤油樽っていいですね。日本海溝のコマーシャルを思い出します。醤油差しでも樽型は人気で値も張ります。


日本のラベル

三好一『日本のラベル』京都書院

値段 ¥500
サイズ 文庫/319P
入手先 古本屋

今はなき京都書院より1997年に発行された『日本のラベル』。
現在は紫紅社とIBCパブリッシングから出版されています。IBCパブリッシングの方は、新装改訂版で判型も大きくなっています。

著者の紹介があるので引用しておきます。

三好 一(みよし はじめ)
一九三五年(昭和十)生まれ。
コーヒーカップ、蕎猪口、ビールジョッキなどの歴史や江戸期の陶磁器の値段などの歴史や江戸期の陶磁器の値段などの生活文化を研究。
著書に『そばちょこ』(保育社)、『日本サーカス物語』(白水社)、『明治大正昭和 日本のポスター』(京都書院)など。また『京都新聞』に「幕末・明治の軽業・曲芸」を連載。
現在、ギャラリー上方代表。

『日本のラベル』より
『日本のラベル』

明治から戦前昭和の食品、衣類、煙草、化粧品などのラベルがこれでもかというくらい紹介されています。

『日本のラベル』

私は特に食品と和風エンジェルのラベルに惹かれます。

『日本のラベル』

この御昆布ラベルは何故エンジェルのフレームが選ばれたのか、それもお世辞にも可愛いといえない顔です。しかし、この時代を反映したカオスな一面を窺える和洋折衷ラベルは面白く、眺めていて飽きることがありません。

『日本のラベル』

昔の缶詰は美味しかったのでしょうか。こういった戦前話を延々と聞いてみたいです。

『日本のラベル』

今はテープが当たり前に使用されていますが、封緘ラベルのお洒落なこと。小さいながら工夫された形と図案に企業の特色が込められているようですね。


日本の商業デザイン

『日本の商業デザイン-大正・昭和のエポック-』青幻舎

値段 ¥1,200(税別)
サイズ 文庫/255P
入手先 ジュンク堂書店

解説は一切なく、序文からも書籍の目的はよく分かりません。ただただ戦前の図案を見て楽しむような構成です。紹介されている図案の詳細を知りたい方には物足りないかもしれません。

『日本の商業デザイン-大正・昭和のエポック-』

新聞に掲載されたであろう昭和初期頃の企業広告です。

『日本の商業デザイン-大正・昭和のエポック-』

現在では作品として展示されているポスターを見るばかりで、ごく当たり前に生活の中に存在していることが新鮮です。

『日本の商業デザイン-大正・昭和のエポック-』

何のマークか分かりませんが、モダンでキレイな配色です。

『日本の商業デザイン-大正・昭和のエポック-』

幕末から明治初頭の看板でしょうか。和洋折衷も面白いですが、日本特有の図案を見ると安心します。


お薬グラフィティ

高橋善丸『お薬グラフィティ―読んで良く効く心のお薬博物館』光村推古書院

ほ値段 ¥1,925
サイズ 0.8×21×27/143P
入手先 古本屋

『お薬グラフィティ―読んで良く効く心のお薬博物館』

著者のコレクション本らしく、こんなに数多くの売薬図案を見たのは初めてで、新しい発見にワクワクしながら面白く読めました。
困った時の神頼み、というのは言い過ぎかもしれませんが、昔は薬が護符同様に人々にとって救いであり、有り難いものだったと分かります。

江戸時代末頃〜明治時代末頃、明治時代末頃〜大正時代末頃、昭和時代初め〜昭和戦前、昭和戦後〜昭和時代中頃、昭和時代中頃〜末頃と時代ごとに分かれているので、売薬図案の変遷を目で追いながら楽しめます。さらに、著名人達の「薬の思い出」なる随筆は、まるで昔話を読んでいるような気分になりました。
また、著者はグラフィックデザイナーとのことで、装丁も写真も素晴らしいクオリティです。

『お薬グラフィティ―読んで良く効く心のお薬博物館』

万能薬メンタームの類。昔は色んな種類があったんですね。

『お薬グラフィティ―読んで良く効く心のお薬博物館』

内蔵丸見えは痛そうです…。


くすりとほほえむ元気の素

高橋善丸『くすりとほほえむ元気の素-レトロなお薬袋のデザイン』光村推古書院

値段 ¥1,925
サイズ 3×15×21/352P
入手先 古本屋

『お薬グラフィティ―読んで良く効く心のお薬博物館』から13年後に出版され、更に膨大な数の売薬関連図案が紹介されており、こちらは満足感が高かったです。前回は時代ごとに分けられていましたが、今回は薬ごとに分けられています。著者の薬にまつわる思い出話は興味深く、「虫下し」のエピソードはギョッとしたり、「目薬点眼容器の工夫」では点眼し易いよう形が改良されてきた経緯や著者の祖母の点眼方法が昔ながらの方法で関心したりと、最後まで楽しく読みました。

『くすりとほほえむ元気の素-レトロなお薬袋のデザイン』

邪気退散!力強さが頼もしいです。

『くすりとほほえむ元気の素-レトロなお薬袋のデザイン』
『くすりとほほえむ元気の素-レトロなお薬袋のデザイン』

子供の頃、風邪を引くと必ず宇津救命丸を飲まされました。粉末タイプのいちご味が苦手で、飲むのが苦痛だったことを覚えています。
病院で処方される液体タイプは甘くて美味しく、一気飲みしようとして母親に注意されたのを思い出しました。
宇津以外も救命丸を作っていたんですね。

『くすりとほほえむ元気の素-レトロなお薬袋のデザイン』
『くすりとほほえむ元気の素-レトロなお薬袋のデザイン』

おとぎ話と和風エンジェル達の図案もいい味出してます。

『くすりとほほえむ元気の素-レトロなお薬袋のデザイン』

ノベルティで配布されたものでしょうか。子供が喜ぶ工夫がされた作りで、もらえたら嬉しいおまけ玩具です。


明治・大正・昭和駅弁ラベル大図鑑

羽島知之『明治・大正・昭和駅弁ラベル大図鑑』国書刊行会

値段 ¥2,000
サイズ 1.6×18.3×25.6/184P
入手先 古本屋

駅弁とお茶を買って特急列車で旅するのは、実に至福な時間です。
しかし、駅弁の中身ばかりに目がいってしまい、掛紙を気にしたことはありません。
昔の掛紙は秀逸な図案が豊富で、旅の思い出に持ち帰りたくなるのも頷けます。ページを追っていくだけでも旅行気分を味わえますし、自分の故郷で売られていた駅弁の掛紙を見つけるのも楽しい発見になると思います。

『明治・大正・昭和駅弁ラベル大図鑑』

名所、その地にまつわる歴史上の人物も描かれています。

『明治・大正・昭和駅弁ラベル大図鑑』

近代の象徴的乗り物である飛行機と汽車。男の子が欲しがりそうですね。

『明治・大正・昭和駅弁ラベル大図鑑』

和洋折衷なモダン図案がお洒落です。

『明治・大正・昭和駅弁ラベル大図鑑』

こういった企業広告入りの図案が流行したそうです。
私の好きな中山太陽堂の広告があります。「顔のアレぬカテイ石鹸」。

『明治・大正・昭和駅弁ラベル大図鑑』

「撃ちてし止まむ」。駅弁から感じる旅行気分も勝利するまではお預けだったのでしょうかね。時代の影響を受けないものなんてないのでしょうが、癒やしの食事タイムにはちょっと勘弁して欲しいものです。
それにしても、今は掛紙と駅弁の蓋が一体になっているものが多い、掛紙コレクターの方々はどのように収集しておられるのでしょうか。


浪漫図案 明治・大正・昭和の商業デザイン

佐野宏明『浪漫図案 明治・大正・昭和の商業デザイン』光村推古書院

値段 ¥3,080
サイズ 2×19×26/176P
入手先 ジュンク堂書店

図鑑のようなコレクション本です。
本の構成は、貿易図案、トイレタリー、薬品、食品・嗜好品、繊維・日用品と5章に分かれており、各章の冒頭にその背景の解説がされています。コレクターらしい構成といった印象です。
また、一部に特化しているわけではないので、幅広く楽しみたい方にお勧めです。

『浪漫図案 明治・大正・昭和の商業デザイン』

日本の数少ない輸出品だった生糸のラベル。日本的な図案にアルファベットの配置が良いですね。

『浪漫図案 明治・大正・昭和の商業デザイン』

「古代美顔料キネマ黒砂糖石鹸」商品名と図案に、伝統とモダン要素が取り入れられているのが面白いです。伊東胡蝶園は、贈答品でもらったら嬉しい容器かもしれません。

『浪漫図案 明治・大正・昭和の商業デザイン』

肥料のポスターに着飾った美人芸妓がどうもミスマッチで、この違和感が印象に残るポスターです。

『浪漫図案 明治・大正・昭和の商業デザイン』

森永はお菓子も美味しいですし、外装ラベルも可愛いです。今でも当時の外装図案は人気で、欲しくても中々入手できません。


モダン図案 明治・大正・昭和のコスメチックデザイン

佐野宏明『モダン図案 明治・大正・昭和のコスメチックデザイン』光村推古書院

値段 ¥3,080
サイズ 1.5×17.9×25.4/176P
入手先 ジュンク堂書店

『浪漫図案 明治・大正・昭和の商業デザイン』と同著者で、こちらは化粧品に特化した内容です。
石鹸、歯磨、化粧品、桃谷順天館、平尾賛平商店、中山太陽堂と膨大な化粧品が載っているので、化粧品に興味がある人には最適な本です。

『モダン図案 明治・大正・昭和のコスメチックデザイン』
『モダン図案 明治・大正・昭和のコスメチックデザイン』
『モダン図案 明治・大正・昭和のコスメチックデザイン』

アール・ヌーヴォーかアール・デコか。化粧品には、優しい自然美のアール・ヌーヴォー風のラベル図案がよく似合います。ちょっと派手に見えるかもしれませんが、これくらいの方が好きです。

『モダン図案 明治・大正・昭和のコスメチックデザイン』

桃谷順天館といえば美顔水ですね。現在も売られているロングセラー商品ですが、図案はこの頃のものが一等素敵です。

『モダン図案 明治・大正・昭和のコスメチックデザイン』

最近気になっている平尾賛平商店のレート化粧品。
個人的な見方では、可愛いような野暮ったいような独特の図案が癖になっています。

『モダン図案 明治・大正・昭和のコスメチックデザイン』

私にとって化粧品図案の王者は中山太陽堂のクラブ化粧品です。


遊楽

『遊楽』むげん

値段 ¥900
サイズ 0.5×25.6×18.2/72P
入手先 古本

【特集】魅惑のパッケージデザイン。15年程前に発行された雑誌で、偶然古本屋で見つけました。時たまヤフオクやメルカリで売られているのを見かけます。
特集は全27ページ、解説よりも写真が多く載っています。パッケージデザインに魅了されたコレクターのエピソードは面白く、心底好きな人が語る話は、読み手を心地良くしてくれます。

『遊楽』

使用後に捨てるのはもったいない、別の用途に使うのが正解です。

『遊楽』

台所に並べておくだけでも可愛い食品パッケージ。
日々の生活を豊かにするのは、身近なものからだと常々感じています。


現代商業美術全集 包紙・容器意匠図案

『現代商業美術全集 包紙・容器意匠図案』アルス

値段 ¥1,500
サイズ 1×19.1×26.5/109P
入手先 古本屋

当時の著名な図案家達による作品、容器・外装意匠(パッケージデザイン等)の解説、日本の容器・外装意匠についての歴史を取り上げています。

『現代商業美術全集 包紙・容器意匠図案』

ドイツの図案例。お菓子が美味しそうな図案です。

『現代商業美術全集 包紙・容器意匠図案』

平尾賛平商店から資生堂意匠部へ移籍した澤令花の作品。矢部季が手掛けた資生堂の包装紙を改訂しています。

『現代商業美術全集 包紙・容器意匠図案』

竹久夢二の包紙図案。芸術的な小間物店用とは、どのような商品を取り扱っているのでしょうね。


オワリ

物の良さや温かみを感じる図案で溢れていた、実に幸福な時代だったと心から思います。時代の流行もあるので一概には言えませんけど。
ここで取り上げたのはほんの一部でしたが、昔のパッケージデザインに興味を持っていただけたなら嬉しい限りです。



アダチヨシオ『ワスレコモノ』丸善プラネット、2018
三好一『日本のラベル』京都書院、1997
『日本の商業デザイン-大正・昭和のエポック-』青幻舎、2006
高橋善丸『お薬グラフィティ―読んで良く効く心のお薬博物館』光村推古書院、1998
高橋善丸『くすりとほほえむ元気の素-レトロなお薬袋のデザイン』光村推古書院、2011
羽島知之『明治・大正・昭和駅弁ラベル大図鑑』国書刊行会、2014
佐野宏明『浪漫図案 明治・大正・昭和の商業デザイン』光村推古書院、2010
佐野宏明『モダン図案 明治・大正・昭和のコスメチックデザイン』光村推古書院、2019
『遊楽』むげん出版、1996
『現代商業美術全集 包紙・容器意匠図案』アルス、1929