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高層ビルから飛び降りて

別に死にたいと思ったわけじゃない。

いつの間にか辿り着いた場所がここだっただけだ。

僕は今、自分の会社の入っている高層ビルの屋上の淵に立っている。

ここから飛び降りて、終わり。

あらゆるものから解放される。

恐怖は一瞬。僕は目を閉じて飛び降りた。

すごい勢いで落ちていく。目を開けるとガラス張りのビルに僕が写っていた。

このままぐんぐん落ちる。それで終わり。

しかし次の瞬間から、ビルのガラスに僕の今までの人生が映し出された。

僕が生まれた時に喜んでいる家族やおじいちゃん、おばあちゃん。

僕が初めて友達を家に連れて来た時の驚いたお兄さんの顔。

僕が仲間と一緒に駅伝の練習で校庭を走っている時の厳しくも暖かく指導してくれた先生。

プロポーズをした時に泣きじゃくった妻の表情。

結婚式を挙げた時のお互いの家族、友達の幸せに包まれた空間。

子供が生まれた時のなんとも言えぬ幸福感。

子供が初めて「パパ」と言った時の情景。

子供が成人した時にくれた手紙。

自分の人生の中には数えきれないほどの幸せの断片が次々とガラスに映し出される。

どれも忘れていた思い出ばかり。

この最後の瞬間に思い出せたことは不幸中の幸い。しかしこの思い出たちを味わう時間があと数秒で終わる。

そしてもうすぐ地面にぶつかりそうなところで、ガラスに反射した太陽の光が眩しくて目を瞑る。

目を開けると僕はまだ屋上にいた。

少し先の未来が見えたのだろうか?

走馬灯を先取りできたのは運が良かった。

僕は見えた未来とは反対の未来を選ぶことにした。

もう少し生きてみよう。

僕は屋上から降り、一歩一歩を噛み締めて帰宅した。

そこにはただの平凡で当たり前の話だが、僕の家族がいた。

「パパおかえりー。どうしたの?そんなしわくちゃな顔して。」

間違いなく、ここが僕の居場所。魂も体もこの場所だと安らぐ。

ただいま。僕の日常。

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