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あと180日で会社を辞めるワニ

1965年生まれ、56最のIT企業に務める中間管理職(またの名をマクドナルド店長)です。突然ですが、来年の6月いっぱいで会社を退職して独立することにしました。

ちょっと前に流行った100日後に死ぬワニを真似たタイトルにしてみました。

ここで、会社を退職するに至った経緯をこれから、退職して独立するまで、自分の身に起こるできごとをつづっていきたいと思います。

会社を退職するに至った経緯で最も大きいのは、やはり年齢です。今年で56歳。今、努めている会社は62歳が定年で、3年は任意で有期再雇用。65歳でサヨナラです。(今のところは、近々、65歳定年70歳まで有期再雇用になるんだろうな)55歳を過ぎるとシニアに入り、年々、一定の割合で給与が下がっていくという制度(なんと、昭和チック?)があり、自分もその枠に入ってしまいました。管理部門から一人ひとり、対面でその説明を受けたのですが、その際に、「あなたは、年齢はシニアに入ったけど、会社としてはあなたのこういうところに期待しています」といった説明は一切なく、ただ、ただ、「55歳過ぎたから、給与は年々これだけ下がっていきます。今だと、退職金はこれだけです・・・」って、これだけの話しかありません。

これって・・・会社からもう「御用済み」と言われているようなもの。しょうがないから置いてやる。嫌だったら辞めれといっているようなもの。(そう、ストレートには言ってないけど)

元々、定年まで会社にいるつもりはなく、いつかは独立しようと思っていた。まず、子供が社会人になること。今、下の子が大学2年生で、ホントは工業高校卒業して、2年間専門学校か職業訓練高にいって、社会人になるハズだったのが丁度来年の春の4月。いいタイミングだと思っていた。しかし・・・である。家具職人になりたいといって木工科のある工業高校に行ったのに、3年生のGWに、突然「先生になりたいから、4年生の大学に行きたい」と言い出したから、親の顎が外れそうになった。

ま、そんなこんなで4年生の大学にいくことになって社会人になるのが2年伸びたけど、元々の自分の人生計画では来年の春だった。ま、学費はなんとか払えそうだし、子供の成績もそんなにアホじゃないし、真面目だから留年することもないだろう。敢えて、退職を2年伸ばす必要なないかと。

そこへ、去年あたりからコロナが流行して、世の中が大きく変わった。インフルエンザ、他の疫病も流行ったことはあったけど、疫病一つでここまで世の中が変わったことが過去にあっただろうか?

そのひとつに在宅勤務(テレワーク)の普及。それまで在宅と言えば、ごく一部、特殊な事情のある人(介護とか)しか認められていな方。IT業界は、在宅しやすい業種ではあるが、一気に在宅勤務が広まった。それまで、オフィスで一緒じゃないと仕事が進まないと思っていたが、それは単なる固定観念であった。事実、コロナが流行りだした2020年春から出社していたのは6ヶ月程度、その間もちょいちょい在宅勤務あり。今となっては、会社にはPCしかなく、自分の席も私物も、自分の手垢の付いたものは一切、何もない。自宅のPCのから光回線VPNでRDPで会社のPCに接続して、仕事している。

なんだ・・・やればできるじゃないか。そう、やればできるんだ。一緒に集まらないとできないというのは単なる固定概念、思い込みだったと。

世間も同じだとおもう。そうなると、勤務地なんて関係ない。日本じゅうどこでも回線で繋がってさえいれば、どこでも仕事できるじゃないか。じゃ、会社って何?となる。

フリーランスのような個人事業主も同じで、ここ数年、急速にフリーランス、個人事業主に対する社会の認知度があがったし、仕事が受注しやすい条件がそろってきた。

ならば・・・自分もシニアに入って御用済みと言われている会社にいつまでもぶら下がっていないで、独立しようと思った次第です。

サントリーの社長が45歳定年説を唱えて物議を醸し出したが、45歳はさすがに無謀だと思う。しかし+10歳、55歳だとどうだろう?まさに、今の自分である。年齢が45歳か、55歳かはさておき、サントリーの社長が言う「会社に頼らない生き方」というのは一理あると思う。

会社が「しょうがないから、居させてやる」、個人が「お願いだから居させて下さい」という関係の中であと10年近くも会社に居るのが嫌なのである。

100ワニをパクって退職エントリでバズろうとしたけど、全然バズらなかったワニ。 副業のオファーあればよろしくお願いします。 Twitterのフォローもよろしくおねがいします。@180wani