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我々はなぜクリアファイルを買わなければならないか?

こんばんわ。おげんき?

よくわからんけどエネルギー保存の法則ってあるじゃないですか。エネルギーの総量は変化しないってやつ。

ぼくはクリアファイルの総量も変化しないはずだと思ってるんですよ。


クリアファイルっていうのはあれです、紙類を挟む、数枚までなら紙類を安全に保存することができるが、下敷きにするほどではないあれ。紙類をまとめて守ってくれるが、ピッタリサイズの収納ケースや封筒にはギリギリ入らなくて、買い足すことになるあれです。クリアホルダーとも言う。

紙類を人に渡すとき、クリアファイルに入れたまま渡すと丁寧な感じがするじゃないですか。汚れないし、しょぼい書類もそれっぽく見えるし、複数枚ある場合はバラバラになるのを防げる。

窓口に書類出すときにクリアファイルごと持っていかれると、ウッ…ってなるけど。


人にクリアファイルごと書類を渡すと、クリアファイルはマイナス1枚になる。でも渡された人はプラス1枚じゃないですか。その人もどこかにクリアファイルごと書類を出してプラマイゼロになる。いつか自分のところにもクリアファイルが入ってくる。

クリアファイルが出ていく量と、入ってくる量は等しいので、この世界のクリアファイルの総量は変わらないはずなんですよね。

もちろん破損して廃棄される場合もありますが、そんなにないですよね。みなさんは1年に何枚のクリアファイルを廃棄していますか?


保存されてしまい流通から外れるクリアファイルもある。たとえばぼくは、論文を1部ずつクリアファイルに入れて、ジャンルごとにケースに入れているので、けっこうな量のクリアファイルを使用します。

でも、保存されたクリアファイルも、いつかは放出されることになるはずです。それらのクリアファイルは、ずっと保存されていて汚れていないので、いつか再び誰かのもとに届けられる。


そう考えると、クリアファイルが足りなくなるっておかしな話なんですよ。常に一定の量が存在していて、ある程度は均等に回ってくるはずなのに、なぜ足りなくて買い足すことになるのか?

今日もダイソーでクリアファイルを購入した。なぜ110円×2払わなければならなかったのか?自分なりにいろいろ考えてみました。何しろこっちは大学院出てますからね。なめんなよ。

コクヨが社員のもとに回って来たクリアファイルを全て廃棄することで、クリアファイルの総量を下げて需要を創出しているとか、PTAが各家庭から余ったクリアファイルを集めて換金して、アフリカの子供にワクチンを届けているとか。

クリアファイルを集めてどこかのリサイクル業者に持っていくと、ごみ袋1つ分500円で買い取ってくれるのかもしれないし、いまこの瞬間も日本のどこかでクリアファイルが盗まれて、海外に持ち出されてるのかもしれない。


結局のところ、よくわからないんですよ。どこかで大量に溜め込まれたり、大量に廃棄されているはず。でもそれがどこで起こっているか、一般庶民である僕には想像がつかない。

1%の人間が90%のクリアファイルを所有している。

この世界とは、そういうものなのかもしれませんね。

残念でした。

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