妄想色男図鑑 4

アイドルSの場合

女を選ぶ条件で、男の価値が決まる。顔やスタイル、そんなものはあって当たり前だ。料理ができる、セックスの相性、浮気を許してくれるかどうか?そんなものはどうでもいい。俺が一貫してこだわってきたのは、育ち、だ。
小さい頃から選ばれた人間だけが入れる学校でやってきた。有名企業の社長や、各財閥の息子、代々医者の家系。条件はそれだけではない。何ひとつ汚されることなく、都心の一等地に根付いてきた家柄であること。そして両親のどちらかが、あるいは両方が、この学校の出身であることによって、純血は守られてきたのた。選ばれたものだけが形づくる、近親相姦的で強固な血と絆と権力。
それにしても、と5万人近い観衆を目の前に、歌い踊りながら男は冷徹に思う。この中に、俺と釣り合う女などいやしまい。かつての同級生をつきあいで招待することはあっても、育ちの良い女がこう言う場所に来るとは考え難かった。奇抜な衣装を着て笑顔をふりまきながら歌い踊る男たちに黄色い声を上げ、金を使う。そんなはしたないマネをするような女だったら軽蔑するだろう。
そんなある日、とある女性と出会ったのは、テレビ局の友人が開催したホームパーティーだった。男は大学が同じといえど、大学から編入してきた学生を友人として選ばない。常に周りにいるのは小学校からの内部生だけであり、彼らは学歴と育ちの良さ、そして親のコネを前面に出して、当然のように一流企業に軒並み就職していた。
うちのアナウンサーも、連れてっていい?美人だし、親も医者だから育ちもいいんだよ。
明るく話す旧友の声に、どっちでもいいよ、と答えた。頭と口が軽い女でなければいい。その女子アナの名前と顔が一致しなかったが、他局に勤めている、露骨に媚を売ってきた別の女子アナを思い出し眉をしかめる。財閥系商社や有名広告代理店に勤めている旧友の名前を出し、○○さん知ってます?あの人とお友だちって聞いたんですけど、私もよくご一緒して飲むんです、と話しかけてきた。
セミロングの茶色い髪、冬なのにノースリーブのサーモンピンクのワンピース。いかにも男ウケしそうな格好に、朝番組で漢字が読めずとも愛嬌たっぷりの笑顔をふりまく様に、「お嫁さんにしたいアナウンサーNo.1」という称号が与えられたと聞く。そんな洒落臭いランキングくらいで傲慢にも俺と口を聞こうと思うとは。かわいそうにな、俺たちはお前のような女は選ばない。せいぜい、仲間うちでベッドの上のことを酒の肴にはさせてもらうくらいだ。
そういう軽蔑の気持ちが伝わるよう、はは、とイエスともノーとも取れないような中途半端な笑いで返し、二度と話しかけるなよ、という冷たい目線で見据える。普通の女性なら、傷ついた顔ですごすごと退散するだろう振る舞い。だが、くだんの女子アナは意図がくじかれたことに一瞬ひるむも、自分に興味を示さない男には用がないと考えたのか、傲慢さをたたえてにっこり微笑み踵を返した。そのふてぶてしさを見て、こんな女がいい奥さんになりそうなんて、世の男たちは見る目がないと、またしても尊大なことを思う。
しかし、旧友が連れてきた女子アナは違った。男と並ぶほどのすらっとした長身で、大きな瞳ときめ細かい白い肌、よく手入れされたボブの髪と切りそろえられた爪。育ちの良さはつくづく肌に出ると思っているが、その意味で彼女は申し分なかった。服装もパステルカラーなどでなく、シックなベージュの七分袖のワンピースというのも良かった。何より、こちらが芸能人とわかっているだろうに、まるで学生時代の知人と会うかのような自然な様子ではじめまして、と挨拶してきたことに好感をもった。恐れたり卑屈になったり媚びることなく、堂々と、ただし礼儀正しく。それができるのは育ちの良い人間でないと無理だと、男は昔から思っていた。そこには芸能人を特別扱いしないことで特別な自分をアピールする、というような戦略さえ無い。この女はいい、と直感で思った。
気心の知れた旧友による、高層マンションでのホームパーティー。ここにはマスコミもファンもいない。ただの有名エスカレーター私立大学卒の、30代の、ただしエリートだけが集まっている。選ばれし場所で、選ばれし男が、選んだ女たち。目の前の女子アナのシャンパンを持つほっそりとした手には、高級ブランドの時計が控えめに光っている。窓の外を見ながら歌うように彼女がつぶやく。あ、東京タワーの色、変わった。何かの記念日でしたっけ?さあ、なんだろうね。そう言えば俺の仲良いやつさ、東京タワーの持ち主の息子なんだけど、そいつも今度紹介するよ。
小1時間ほど歓談した後、LINEを交換して別れ、迎えの車に乗るとスマホが光った。彼女からの簡潔で礼儀正しい返信だった。無駄な飾りのない、文字だけの吹き出しが続く。そういえばきょう、男女平等デーの日だったみたいです。へえ、確か僕の番組でもやったな、それ。
そろそろ俺も身を固め、親を安心させたい。ゆくゆくはいい父親キャラで売っていくのもありだろう。その時に傍らにいる女は、こういう女がいいに違いない。今いくら人気といえど、芸能界の移り変わりは激しい。ただ見目が良く、歌や踊りがうまいだけでは生き残れないからな。だからこそ、生存戦略がいる。俺には純然たる学歴がある。その高学歴と父親キャラを両立しているアイドルはまだいない。俺が次に座り、ほかの誰にも代えのきかない場所はそこだ。
男の指は素早く動く。東京タワーって言えばあのへん、友達の親父さんがやってる行きつけの店があるんだよ。紹介制で普通の人は来ないから、今度ゆっくりとメシでも。既読表示はまだつかない。彼女もまた、選ばれし女として、男性を選べる立場にあることを、男はまだ知らない。スマホの人工的な光が、暗い車内で男の傲岸な笑みを照らす。ゆるやかに男を運んでいくまばゆい坂道の向こうで、東京タワーが恥じらうように光を落とした。

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