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国際化社会とはー長谷川三千子氏「からごころ」を読んで

「国際化社会」とは何でしょうか。
そして誰がつくり、どこにあるのでしょうか。

国際化社会はWikipediaでは下記のように定義されています。

国際化(こくさいか、英語:Internationalization)とは、複数の国家が相互に結びつきを強め、相互に共同して行動したり、互いに経済的、文化的に影響をあたえあう事象全般をさし、国際化社会とは、国際化の進展している社会をさす。(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)

国家間において民族の枠を超えてお互いを尊重し合いながら、経済や文化的活動を行う社会。それが国際化社会なのでしょう。


私は欧米風のライフスタイルをした時、それだけでなんとなく国際化社会の一員になったような感覚に陥ることがよくありました。

しかし長谷川三千子氏の「からごころ」を読むと、それは思い違いであることに気付かされます。

例えば次の文を読んで、何か違和感がありませんか?

「もっと多くの海外の人を日本の文化の中に取り入れていくこと、それが国際化につながる。」

通常、私達はそのような考え方はしないと思います。それは国際化ではない、と。

そう、多くの私達日本人の潜在意識の中にある国際化されるべき対象は、 "私たち側" なのです。
少なくとも留学経験のない私はそうでした。海外の人々のライフスタイル を "国際化社会" という漠然とした概念として捉え、その中に自分の身を置こうとした時に、自分は国際化しているように感じる。

しかしこれは裏を返せば、違和感を感じたはずの先程の文を肯定していることに繋がりかねないのです。


さて冒頭の国際化の定義に戻りましょう。定義の中に、

"相互に" ”互いに" "影響を与えあう"

という用語が入っています。

国際化社会とは、誰かがつくりそこに強制的に住まわせるような社会ではないのです。
著者は次のように述べています。

それでは、「国際化を強ひることのない国際社会」といふやうなものは、いかにして可能なのでせうか? 一言で言へば、それは各々の国、各々の民族からの視点を大切にする、といふことにつきます。(P223)

お互いを尊重し合うこと。それが大切なのですね。

近年EV車が普及し、今後EV車しか製造しなくなることを決定した会社もあります。私は政治・経済のことはよく分かりません。しかし全てEV車になってしまうと、充電スタンドなどのインフラ整備が整っていない地域では困ってしまうのではないでしょうか。国際化という水準を設けるのは非常に難しいと思いますが、圧倒的に取り残されてしまう国が出ることは望ましいと思えません。

国際化社会という概念の世界。

そしてある意味、理想的な社会。

本書を読み、国際化社会という言葉を新しく知ったような気がしました。


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