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空繭

ある日、繭を拾った。
見た目は、なんてことない普通の黄色い繭だ。
私は、昔から山歩きが好きで、山に落ちている色々なものを持って帰っては、部屋の中をガラクタで溢れさせ、同時に盛大に泥や土で汚した着物を、母に見せて呆れさせるという、素敵な趣味を持っていた。

その繭を見つけたのは、人が誰も入り込んでこない私の秘密の場所。
私は、物心ついた頃から、家の裏山を自分の庭同然に歩き回っていたため、そんな場所は、両の手の指で数えられるくらいある。
山の小高い丘に生えている、これまたえらい長く生きているだろう大木の太い幹から、首を下にして、根が細く張っていくのを見ている内に、根の上に黄色いものがコロン、と転がっているのを見つけたのだ。

最初は、本当になにかの虫の繭だと思った。
もしかして、羽化に失敗したのだろうか、と思って中を覗き込んだ。だが、中には何も入ってなかった。それこそ、綺麗さっぱりとした具合で、まるで元から何も入っていないように見えた。羽化に成功したとしても、幼虫や蛹の頃の皮などが、茶色く濁った垢のように、繭の中にこびり付いて、残っているのがほとんどなのだが。
私は不思議に思って、なんとなくその黄色い繭を手に持ったまま、大木の根元に横になった。山を歩き回って疲れている時はいつもこうして休む。
そのままうとうと眠ってしまおうと思ったのだ。
幸い、その日はとても暖かくて、雨雲が来る様子もない。山の女神も朗らかに微笑んでいるような陽気だった。

それで、何の気なしに繭を、指でくるくる回しながら、頭上高くに掲げてぼんやりしていた。
そうして、木漏れ日の優しく照らす光に、繭を透かした時ーぞわり、
「うわっ」

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