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SFショートショート『ニックネーム』

            
「榊君、君のネームプレートだ。会社内ではいかなることがあってもはずすことがないようにな」

広告代理店の会社に初出社した日、上司である係長からネームプレートを渡され、私は右胸のあたりにつけた。そのネームプレートには、私の本名とニックネームらしきものが印刷されていた。

『微笑み君』か……。私はどちらかというと、冗談もいえないクソまじめな性格だ。いつもニコニコしているわけでもない。面接できめたニックネームならば、『まじめ君』になるだろうにと、私はニックネームが記載されたネームプレートになんとなく釈然としない気持ちがあった。 

その後、一年がたち、通信販売の業務に慣れるうちに、同僚たちのニックネームはその人ズバリをあらわしていると思われた。『元気君』はその名のとおりいつも元気で、『ユーモア君』はいつも冗談を言ってオフィスをいつも笑いの渦に巻きこんでいる。私もいつしか微笑みを絶やさない男になっていたが、仕事を終え、スーツを脱ぐと、本来の自分に戻った気分になれる。しかし、それはとくに変わった話ではあるまい。誰でも会社とプライベートの自分は使い分けているものだから。  

私の勤める会社のチームワークはとてもいい。学生時代の友人たちと飲みながら話す会社の悪口を聞いていると、私の会社の仲のよさは特別なようだ。同僚と飲んでいても、会社の悪口や、愚痴を言う者はひとりとしていないのだ。ただ、不思議なことといえば、社内旅行をするさいも、スーツを脱ぎ、普段着になっても、会社に関する諸事のさいはネームプレートをつけることが義務づけられていることだろう。

そんなある日、ネームプレートをつけたままクリーニングにだしてしまい、そのまま出社してしまったのだ。気まずい気分でオフィスにはいると、室内の雰囲気が突然変化した。同僚たちの視線がいっせいに私にむけられる。係長がつかつかと歩いてきて、

「君、ネームプレートはどうしたね」

と厳しい表情で詰問してくる。

事情を説明すると、係長はかわりのものを持ってくるから、廊下で待つようにと指示をすると、あわてて部屋をでていった。

なぜなんだ。それほどまでにネームプレートは貴重なものなのか? しばらくすると、憔悴しきった表情で係長が戻ってきた。そして、

「君のネームプレートの予備はまだ作成されていないようだ。君、今日は休暇をとってくれたまえ。明日はネームプレートは忘れるな」

「係長、なぜなのですか。ネームプレートを忘れたくらいで……」

「いや、それは規則だからな……」

私はどうにも不可解な気分で、クリーニング店にいき、ネームプレートをうけとった。私は少々厚めのプレートをにらみつけた。どうやら、このプレートになにか秘密があるらしい。私は大学で最新機器を研究している友人のところに寄って、このプレートを調べてもらうことにした。友人の熱田は今、手が離せないそうなので、受付のAIロボットにそのプレートを手渡し、熱田を待つことにした。

しばらくすると、友人の熱田が微笑みながら、私が待っていた大学の廊下にやってきた。ふだんはニコリともしないやつなのだが……。

「待たせたな。ズバリ、このプレートからは人の精神をコントロールする電磁波が発せられている。また、ほかの機器ともネットワークを結んでいるようだ。このプレートを手にしていると、俺もなにか気持ちが穏やかになってくるから不思議だな。この機器を発明した人はまさに天才だな!」

そうか、会社のチームワークのよさの秘密はこのプレートにあったのか。しかし、どうやら熱田の大学でもおなじようだ。やつの右胸にもデザインは違うが、『よいしょ君』というニックネームが記入された、ネームプレートを、私はみのがさなかった。

(fin)


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