ショートショート『フリー』
こんなはずじゃなかった。
私はビルのうえから身を投げだそうとしていた。すべてがいきづまり、愛する人からは裏切られて、気がつくと恋人だった彼の職場である丸々テレビ局の屋上にいた。
長年、某テレビ局のアナウンサーをやってきて、タレントのような仕事も嫌々こなしてきた。それでもたいして給料ももらえない。会社員であるかぎり上司の指示にはそうそうさからえるものではない。
人気番組にレギュラー出演していたせいか、知名度もあがり、局にファンレターも数多く届くようになった。だから私は思いきってフリ―になった。出演料も会社員の比ではないし、私の人気を妬む同僚や、セクハラ上司にうんざりしていたからだ。
最初はどこからも出演依頼がきたので仕事もある程度選べたが、私の専用事務所が設立されてからは、ほかの家族をも養う義務が生じた。仕事をえり好みしているわけにはいかない。フリーになるまえよりもかえって自由を束縛されるようになってしまった。
ワンク―ルごとに失業する可能性もあるから毎日必死になって仕事をこなした。
私は事務所の実質的な責任者だ。いつのまにか私の嫌っていた上司とおなじことを事務所の人たちに言うようになっていた。立場がかわると見方や感じ方、考え方もかわってしまうものだと思った。
私はフリ―になるために独立したのではなかったか?
迷いは自分自身の人気の低下をもまねき、日々仕事は減っていった。それまでチヤホヤしてくれた周囲の人たちも、私がメインのニュース・キャスターになっても視聴率がとれず、バラエティでも笑いがとれずにどこからも出演依頼がこなくなった。いまさらながらにアドリブが不得意なことを思い知った。
それでもまえの職場であったテレビ局のプロデューサーに頼みこんで仕事をまわしてもらっていたが、仕事の数は日増しに減るだけだし、事務所の維持費もかかる。フリーになって贅沢な暮らしにもなっていた。毎日のように考え続けたが、なにひとつ解決策がうかばない。
そんなある日のこと、彼の部屋でベットをともにした朝、元同僚だった加奈子から彼あてにEメールが届いていた。三日前のメイクラブのことを愛らしく伝えていた。私はまだ寝ていた彼の顔をけりあげてさっさと着替えて部屋をでた。すべてが嫌になっていた。そうして、今ビルの屋上にいる。
私は目をつぶり、腕をひろげて空に向かって飛んだ。鳥のように自由に羽ばたきたいと心のどこかで思いながら……。
そのとき、誰かが私の腕を強くつかんだ。 目をあけると、見慣れた上司である、アナウンサー部長の顔が目の前にあった。白髪がまじっていたが、精悍な顔つきは青年らしさをなくしていない。
「君が退職してフリーになりたいというので、効果を考えて、記憶を一時消してから、君の性格や能力などを入力したバーチャル・シュミレーションをみてもらったんだが、思い出したかい?
もちろん内容は私にもわからないし、君しだいでは結果がかわることもあるが、退職後の参考にはなると思うんだ。最近フリーになるものがふえたが、その後成功せずに、仕事がなく、今日の食事にも事欠くものもいる。だから、最後によく考えてもらうために、シュミレーションをみせることになったのは、君も知っているはずだね」
私は思わず退職願と書いた封筒をバックにいれなおしたが、すぐにまた退職届を部長にさしだした。
バ―チャル機器の画面に、『退職撤回シュミレーション』という文字がみえたのだ。部長は私の視線に気づいてふりかえり、モニター画面をにらむようにみつめながら、顔をしかめていた。
(fin)
星谷光洋 CREATION
『君の空』
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