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②13の男の息子、好孝
昨日は父が妹の遥の悩み相談をしていたらしい。俺も小学生の頃まではなにかと父に甘えていたが、高校生になってから二年、父とは前よりも話さなくなってしまった。たぶん、俺が中学生のとき、親父が自分のことを父親だということは誰にも話さないようにと言われてからだと思う。なぜだと訊くと、ニヒルな俺に子供がいたんじゃさまにならない、と言われ、悲しいやら腹がたつやら、なぜだかわからないがとにかくショックだった。
かあさんに話すと、劇画の主人公にイカレテいるのだそうだ。親父の書斎に入るとその劇画らしいコミックスがたくさん本棚のなかにあった。ほかにも呪術や宗教、ホラー小説などの本もある。子供の頃からなんとなく怪しい父親だったが、子供じゃあるまいし、劇画の主人公になりたがっているなんて笑わせる。ただ、超能力みたいなものはあるようだ。
テストが近くなると親父に俺の教科書をみせることにしている。親父がテストにでそうなところを指さしてくれるからだ。いつも八割以上は当たっている。
「プロとして成功するには、才能と努力、臆病と、残るは運だ」
親父の口癖だ。黙って劇画を読んでいたら、ときおり主人公が口にする言葉だった。父親として、さまざまな経験をしたうえでの言葉だと思って内心感心していたのにがっかりだった。しかし、確かにそうなのかもしれない。テレビで活躍している芸能人だって、どんなに歌がうまくても売れるとは限らないみたいだ。売れるやつらはいい曲やスタッフに恵まれているからだろう。
俺の先輩がバイクに乗っていて、トラックと衝突したがかすり傷だけですんだ。運の悪いやつは転んだだけでもあの世に逝っちまうのだから。
ところで俺には好きな女がいた。同級生の千里という女の子なのだが、いろいろとちょっかいをだしているがまるで進展しなかった。俺はちょっとやせ気味で、自慢できるほどのマスクでもない。勉強やスポーツも人並み。せめてギターが弾けるとか、カラオケがうまいとか得意なことがあればいいのだが。そこで親父に頼んでみることにした。親父がなにやら呪術をしているらしいことは薄々勘づいていた。
「やってみよう」
親父は詳しいことは一切訊かない。まあ、そのほうがありがたいが。
「俺の書斎でやるのはあまり気がすすまないが、恋愛関係ならいいだろう。それよりも彼女の写真はあるんだろうな」
俺は千里の写っている写真をポケットからとりだして親父に渡した。千里は長髪で大きな目をしている。微笑んでいる頬にはえくぼがなんといっても愛らしい。千里の横にはショートカットで細い目をした千里の友人の亜紀が写っていた。
「二人写っているやつじゃないか」
親父が顔をしかめた。
「彼女だけの写真なんてないよ。修学旅行のときの写真を友達からもらったんだ」
俺は真ん中に写っている千里を指さし、
「この人だよ、よろしく頼むよ」
と、ちょいと神妙な面もちで頼んだ。いつもは素直に頼み事などできないが、こんなときは親父だけが頼りだった。
親父は写真をみつめながら、なにやらホラー映画でみたような、文字と怪しげな模様が書かれた紙をカバンからとりだし、俺の額に貼り付けた。そして呪文のような言葉をくりかえしていた。
「よし、いいだろう。明日学校に行ったら声をかけてみるんだな。きっとうまくいくはずだ」
翌朝、俺は意気揚々と登校した。今日から俺にも彼女ができるのだ。いつもみせびらかされて悔しい思いをしていたが、それも昨日までの話なのだ。
スキップしながら教室に入り、千里に朝のあいさつだ。となりに亜紀がいたが関係ない。
「おはよう! 今日は快晴だね」
千里はハエをみるような目つきで俺をみて、ポツリとおはよう、とだけ口にした。昨日まで話もしたことがないのだから、突然のあいさつに戸惑っているのだろうか。いや、昨日呪術をしたのだ。千里の気持ちはもう俺のものなのだ。
千里に熱い視線をおくっていると、亜紀が、細い目をいつもより細めて、俺のことをじいーっとみつめているではないか。
「あのう、好孝君。ちょっとお話があるんだけど」
なんだ、この雰囲気は、まさか、まさかだよな。亜紀が俺に気があるなんてことはないとは思ったが、とにかく亜紀と教室をでて、階段の踊り場までやってきた。
「亜紀、なんだよ、話って」
「あのさあ」
亜紀が顔を赤らめている。やっぱりそうなのか?
「だから、話ってなんだよ」
「好孝君、好きな人いるの? あのね、昨夜好孝君の夢をみてから、好孝君のことばかり考えてしまって......」
俺はなにも答えずに校舎からでてグランドに行き、親父に携帯電話をかけた。
「親父、話がちがうじゃねえかよ! 彼女の友達に好かれたっていい迷惑だよ!」
「ああっ、やっぱりそうなったか、すまんすまん。じつは、細い目の女の子が俺の趣味なものでな、ついそちらの子のほうに気が入ってしまったようだな」
「帳消しにしてくれよな、まったく!」
俺は携帯を切ると背中がぞくぞくしてきた。熱くいじいじとした視線を感じたのだ。うしろをふり向くと、亜紀がなめくじたちが這ってくるような静けさで、俺にぬめぬめと近づいてきた。
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