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労働判例を読む#496

今日の労働判例
【学校法人羽衣学園(羽衣国際大学)事件】(大阪高判R5.1.18労判1285.18)

 この事案は、大学教員Xが、有期契約の更新を拒絶されたことについて、①労契法18条による無期転換がなされ、あるいは②労契法19条各号による更新の期待があり、かつ、更新拒絶の合理性がない、等として、大学Yの教員の立場にあることを主張した事案です。
 1審(大阪地判R4.1.31労判1274.40労働判例読本2023年版165頁)は、Xの請求を否定しましたが、2審は、Xの請求を概ね認めました。

1.1審と2審の違い
 1審と2審の判断が分かれたのは、教員任期法(大学の教員等の任期に関する法律(H9法82))7条1項・5条1項・4条1項1号の適用の有無に関する評価の違いです。
 すなわち1審は、これが適用されるとして、労契法18条で無期転換されるまでの期間が10年に変更された(したがって、①労契法18条の適用がなく無期転換されない、②更新の期待もない)、したがって更新拒絶は有効、と判断しました。
 これに対して2審は、これが適用されないとして、同期間は5年のままであり、したがって、①労契法18条の適用があり、無期転換された、したがって更新拒絶は問題にならず、従業員の立場にある、と判断しました。
 要するに、1審は教員任期法4条1項の適用を認め、2審はこの適用を否定したのです。
第四条 任命権者は、前条第一項の教員の任期に関する規則が定められている大学について、教育公務員特例法第十条第一項の規定に基づきその教員を任用する場合において、次の各号のいずれかに該当するときは、任期を定めることができる。
   一 先端的、学際的又は総合的な教育研究であることその他の当該教育研究組織で行われる教育研究の分野又は方法の特性に鑑み、多様な人材の確保が特に求められる教育研究組織の職に就けるとき。
   二 助教の職に就けるとき。
   三 大学が定め又は参画する特定の計画に基づき期間を定めて教育研究を行う職に就けるとき。
   (2項以下、省略)

2.教員任期法4条1項の趣旨
 1審は、同条につき、特に深く検討せずにその適用を認めました。
 これに対して2審は、Xが担当する科目や、Xのバックグランドなどを検討して、大学で授業を担当しているにもかかわらず、この「教員」に該当しない、としました。それは、同条の趣旨から見て、「教員」を限定的に解釈したからです。
 すなわち、(無期転換までの期間を5年と短くすることは)「教員を安定的に確保することがむしろ望ましい」場合であり、したがってこの場合には「教員」に該当しないが、(10年と長くすることは)「定期的に入れ替えて、新しい実務知識を導入することを必要とする等、本件講師職を任期制とすることが職の性質上、合理的」な場合であり、したがってこの場合には「教員」に該当する、というルールを設定しているように見えます。
 そのうえで、Xの採用は、①厚労省が介護人材の起用を求めたからであって、人材交流の促進・実践的な教育研究のためではない、②介護福祉士の養成課程の授業が大半であり、基本的な知識・技術・介護実習に向けた指導・国家試験の受験対策である、③したがって、実践的な教育という側面はあっても、介護福祉士の養成目的であり、「介護分野以外の広範囲の学問分野に関する知識経験が必要とされてないし、「研究という側面は乏しい」、として、「教員」に該当しない、と評価しました。
 この判断について、先に文句だけ言っておくと、後半部分に関しては、実務の中から、あるべき姿や理論が浮かび上がってくることもあるでしょうし、そもそも実務と研究をこのような観点から分けて良いのか、疑問です。さらに、前半部分に関しては、無期転換までの期間を5年に短くしても、それで安定的に許運が確保されるのかと言うと、むしろ逆に、5年未満でころころと教員を入れ替える事態になる場合もあるでしょう。
 このように、前半部分(前提・規範)と後半部分(事実認識・あてはめ)いずれも、かなり無理のある理屈が述べられたように思われます。
 けれども、この判決の言わんとすることも理解できます。
 というのも、無期転換までの期間が10年と長くなると、それだけ不安定な期間が長くなってしまうため、教員が落ち着いて研究・教育できなくなってしまうため、教員の地位を安定させ、落ち着いて研究・教育に取り組んでもらうためには、同条の適用範囲を狭くすることが必要となるからです。すなわち、2審は「教員」に該当する範囲を狭くし、単に実務を教えているだけのXはこれに該当しないとして、同条の適用範囲を狭めたのです。

2.実務上のポイント
 このように、2審の判断にはそれなりの合理性が認められますが、しかし、2審の判断は新たな矛盾を引き起こします。
 すなわち、実務だけ教える人と、研究をする人を、本当に区別できるのか、実務家は研究者とそんなに違うのか(実務経験のある研究者をどう評価するのか、など)、という、上記1で指摘した問題だけでなく、仮にこのような分類が可能であり、適切であるとしても、これを前提とした上記のルールによって、よりしっかりと落ち着いて研究に取り組むべき研究者の方が、実務家よりも不安定になってしまう、という矛盾が生じるのです。すなわち、実務家教員は5年を過ぎると無期転換されるのに、研究者教員は10年を過ぎなければ無期転換されず、その反面として、不安定な期間が実務家教員の2倍となってしまうのです。
 2審判決は、少なくとも、この事案で問題となった実務家教員Xを、不安定な状態から救うことには成功しましたが、ここで示された判断を他の教員にもそのまま適用できるのかどうかについては、慎重な検討が必要と思われます。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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