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労働判例を読む#400

今日の労働判例
【ホテルステーショングループ事件】(東京地判R3.11.29労判1263.5)

※ 週刊東洋経済「依頼したい弁護士25人」(労働法)
※ 司法試験考査委員(労働法)
※ YouTubeで3分解説!
https://www.youtube.com/playlist?list=PLsAuRitDGNWOhcCh7b7yyWMDxV1_H0iiK

 この事案は、ホテルYの客室清掃係Xが、実際の勤務時間に相当する給与が支払われていないことや、コロナを理由として休業させられた分の給与が支払われていないことを理由に、未払賃金等の支払いを求めた事案です。
 裁判所は、Xの主張の一部を認め、Yに対して未払賃金等の支払いを命じました。

1.始業時間と休憩時間
 始業時間については、Yは、所定の10時であると主張しましたが、Xは、出勤してカードを打刻した時間であると主張しました。
 Yは、「遊軍」と称するサポートメンバーが忙しい店舗に、その時の状況に応じて派遣されていたことも含め、指揮命令下にあるとは言えない主張していますが、この点も、サポートはホテル16店舗に対して5店舗だけであり、しかもXには遊軍の派遣を申請する権限が無かったことなどから、これをもって指揮命令下にあることを否定できないとしています。
 また、始業時間前に一働きして、10時まで小休止することがあっても、その程度の短時間の休憩は指揮命令から解放されたとは評価できないとしています。
 むしろ、始業時間前からの作業は会社も黙認し、利用してきたのだから、Yの「包括的で黙示的な指示」があったと評価しています。
 昼の休憩時間についても、いわゆる「待機時間」と同様であり、急な仕事が与えられていたことから、労働時間であると評価されました。
 「指揮命令下」にあるかどうかを、形式的なルールではなく運用の実態から評価する、という労働時間性に関する裁判所の判断方針が、この判決でも一貫して採用されていることが分かります。

2.労働時間の変更
 Xは勤務時間を減らされ、その分給与も減らされましたが、Yはこれを、勤務時間・所定労働時間の変更であると主張しました。
 しかし裁判所は、就業規則の変更や個別の合意が存在しないとして、この主張を否定しました。
 労働条件を一方的に不利益変更することはできないのですが、所定労働時間もこのルールの適用対象であることについて、理解されていない場合があるようです。注意が必要な点でしょう。

3.休業手当
 この事案で最も注目されるポイントであり、労基法26条の6割の支払いが必要となるかどうか、問題です。
すなわち、「使用者の責に帰すべき事由による休業の場合においては、使用者は、休業期間中当該労働者に、その平均賃金の百分の六十以上の手当を支払わなければならない。」とされている条文のうち、「使用者の責に帰すべき事由」が問題になります。コロナ禍で来客数が減ったのだから、Yの責任ではない、というのがYの主張ですが、裁判所はこれを否定しました。
 より具体的に見ると、裁判所は、①「使用者の責に帰すべき事由」とは、故意・過失よりも広く、「使用者側に起因する経営・管理上の障害を含むが、不可抗力は含まない」と定義しました。
そのうえで、人件費削減の必要性や合理性を「否定するものではない」としつつ、②事業を停止していない、③状況を見ながら人件費を調整していた、④したがって、「裁量をもった判断により」休業させていたのだから、⑤不可抗力でなく、「使用者の責に帰すべき事由」に該当する、と評価しました。
 この判断を見ると、会社としては、努力して雇用を維持した方が、思い切って事業を停止してしまうよりも責任が重くなってしまうことになってしまう、という理不尽を感じるかもしれません。そのため、Yも控訴しているのでしょう。
 けれども、従業員に事情を説明して勤務時間を減らすような方法も検討すべきだったことは間違いないでしょう。会社に求められる対応が非常に厳しいものであることは間違いありませんが、コロナ禍での経営危機を乗り越えるうえで、このように厳しく評価される可能性もある、という意味で、教訓とすべき点でもあります。

4.実務上のポイント
 この事案では問題にされませんでしたが、民法536条2項による給与の全額支払いが認められる可能性もあります。「この規定は、債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない。この場合において、債務者は、自己の債務を免れたことによって利益を得たときは、これを債権者に償還しなければならない。」と定められています。
 このうちの、「債権者の責に帰すべき事由」という言葉と、「債務を履行することができなくなったとき」という言葉の意味が問題になりますが、特に前者については、労基法26条の「使用者の責に帰すべき事由」とどのように違うのか、必ずしも明確ではありません。けれども、民法536条2項が適用されると給与全額の支払いが命じられ、労基法26条が適用されると平均賃金の6割の支払いが命じられる、というように結論が異なってきます。
 これらの規定の意味は、今後より議論され、明確にされていくべきポイントです。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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