見出し画像

松下幸之助と『経営の技法』#260

11/1 運のある人もない人も

~運のある人だけでなく、運のない人も必要。両方がいて、人間生活が成り立っている。~

 世間で俗にいう運のある人、運のない人、これはどちらも必要なんですよ。みんな運のない人ばかりでも、またみんな運のある人ばかりでも困るんです。それでは人間生活が成り立たない。
 例えば芝居を見てごらんなさい。舞台で堂々と立ち回る人もいれば、縁の下で働いている人もいる。そのどちらも必要なんです。そうでなければ芝居はできんのです。芝居の必要性からいえば、千両役者も舞台を回す人も、どちらも同じ仕事をしていることになる。
 舞台を回す人がいなければ、千両役者が千両役者になれないのです。だから、運のいいやつは得だなあ、と思うことはあさはかで、運のある人で成功した人も、その運命に従っているわけだし、運の悪い人も自分の運命に従っているわけです。大きく見ると、どちらも必要なんです。だから運のいい人だけを尊敬し、運のない人を尊敬しないというのは間違っている。舞台裏で働いている人も千両役者も、同じように尊敬しなければならない。
(出展:『運命を生かす』~[改訂新版]松下幸之助 成功の金言365~/松下幸之助[著]/PHP研究所[編刊]/2018年9月)

2つの会社組織論の図

1.内部統制(下の正三角形)の問題
 まず、社長が率いる会社の内部の問題から考えましょう。
 会社を統制し、従業員を束ねることが社長の仕事ですが、どうしても華やかな業務が任される従業員と、地味な業務が任される従業員が出てきます。経営側から見れば、多くの場合「適材適所」の結果なのでしょうが、地味な業務が任される従業員、それが特に、上昇志向がある場合には、どうしても不満が残るところです。
 どの言葉が響くかは、人によって、状況によって異なってきますが、ここでは運のない人、というロジックで不満に対応しようとしています。
 すなわち、①舞台の裏方のような役回りの人を、運のない人になぞらえます。②運のない人がいなければ舞台が回らないので、運のない人が必要、とします。③そこで、運のある人だけでなく、運のない人も尊敬しなければならない、とします。
 このうち、①は、本当は実力がないことが原因で、運のなさが原因ではない従業員もいるでしょうが、そのようなことを言ってしまうと身も蓋もありません。救いのない言葉になってしまいます。さらに、考えようによっては、実力のなさは過去の運のなさの蓄積にすぎない、という言い方も可能でしょう。いずれにしろ、会社で不本意な状況におかれている従業員が、その状況を受容するための手掛かりを提示しています。
 また、③は、不本意な状況におかれている従業員だけに対するメッセージではなく、その周囲の者や経営者たちにも向けられたメッセージです。不本意な状況にある従業員だけに向けたメッセージにしてしまうと、かえって哀れな感じを伴ってしまいます。さらに、周囲の者や経営者たちも巻き込むことで、不本意な状況にある従業員が孤立する雰囲気を和らげ、周囲の者や経営者たちの、当該従業員に対する配慮や理解を引き出すことも期待されます。
 このように、松下幸之助氏の言葉を分析すると、さまざまな気持ちに配慮した、非常によく練れた言葉であるということが理解できます。

2.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 次に、ガバナンス上の問題を検討しましょう。
 投資家との関係で見た場合、どのような経営方針が取られるのか、という点は、経営者の資質として非常に重要な問題です。外資系の一部の会社のように厳しい会社では、会社の要求する水準に達しない従業員はすぐに会社を離れてもらう、という経営方針が取られる場合があり、そうなると、「運のある人」だけの会社ということになります。
 ところが、松下幸之助氏は、会社には、能力として満足できない人も必要、という考えで、従業員の雇用や生活を守ることを重視します。このことは、さまざまな機会に話されていることです。多様な人材のが、中長期的には、新しいものを作り出したり、環境変化に対応したりするうえで役立つことが期待できますし、簡単に首にされず、自分たちの雇用や生活を守ってくれることを従業員が理解することで、ロイヤリティやモチベーションの上がることも期待できるからです。
 典型的には、終身雇用制の会社における人事政策です。
 このことから言えることは、終身雇用制のように多様な人材を長期間抱える方向での人事政策を採用する場合には、不本意な状況にある従業員へのケアも考えることが、経営者の資質として重要である、ということが読み取れます。

3.おわりに
 本当に厳しい外資系の会社の中には、従業員が競争で疲れてしまうので、優秀な従業員であっても数年しか在籍せず、常に従業員が入れ替わっているような会社もあります。
 多くの日本人の感覚からすると、それでよく事業が継続するな、厳しい競争の風土も、いつまでも続かないのではないか、等と思ってしまうところですが、そこでの競争で勝ち残った優秀な従業員は、他の会社でも十分通用する経験や能力を身につけられること、そのために向上心の高い者が新たな従業員として加わってくること、から、「競争によって自分を鍛えてくれる会社」として、その社風を維持し、事業を継続していきます。
 経営モデルとして考えれば、松下幸之助氏をはじめとする日本の経営者たちが確立したモデルを、客観的に見極めることが可能になると思います。
 どう思いますか?

※ 『経営の技法』の観点から、一日一言、日めくりカレンダーのように松下幸之助氏の言葉を読み解きながら、『法と経営学』を学びます。
 冒頭の松下幸之助氏の言葉の引用は、①『運命を生かす』から忠実に引用して出展を明示すること、②引用以外の部分が質量共にこの記事の主要な要素であること、③芦原一郎が一切の文責を負うこと、を条件に了解いただきました。

労務トラブル表面



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?