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労働判例を読む#380

今日の労働判例
【ノキアソリューションズ&ネットワークス事件】(東京地判H31.2.27労判1257.60)

※ 週刊東洋経済「依頼したい弁護士25人」(労働法)
※ 司法試験考査委員(労働法)
※ YouTubeで3分解説!
https://www.youtube.com/playlist?list=PLsAuRitDGNWOhcCh7b7yyWMDxV1_H0iiK

 この事案は、能力不足などを理由に解雇された従業員Xが、会社Yに対し、解雇の無効などを主張した事案です。裁判所は、Xの請求をほぼ全て肯定しました。

1.能力不足
 ここでは、裁判所がXの能力不足をかなり詳細に検討し、期待された能力を有していなかったことを正面から認めたものの、それでも解雇の合理性を否定した点が注目されます。
 まず、能力不足の点です。
 裁判所は、例えばプロジェクトをコーディネートすべき責任者として果たすべき役割りに関し、折衝の指示を行わない、入力ツールの仕組みの構築や手順書等を作成しない、作成していないのにそれと異なる虚偽の報告をした、など業務の基本的な役割りについて「相当の問題がある」と評価しました。まず、実際の業務内容から能力不足を認定しています。ここでは、Xの職務内容がかなり明確に定義されていたことから、実際の職務遂行状況がこれに到達しないことを認定できているように思われます。従業員、特にハイレベルの従業員の管理に際し、参考にすべきポイントでしょう。
 次に、これらに対するXの言い訳について、一つ一つ不合理性を指摘しています。
 さらに、Yの人事評価制度とその実際の運用の合理性を認定しています。
 このように、能力不足について裁判所は、実際の業務遂行状況と、人事評価制度やその運用状況という、内容とプロセスの両面から評価しています。人事評価制度がしっかりと構築され、適切に運用されていたことが、Xの能力不足の立証に際し、かなり大きな比重を占めていることが注目されます。従業員に問題があることを、その業務内容だけで証明するのではなく、しっかりとした人事評価制度とその運用によっても合わせて証明することが実務上重要であることが理解できます。

2.解雇の合理性
 次に、解雇の合理性の点です。ここでは主に、①Xの業務成績改善の可能性と、②YによるXの解雇回避措置が問題とされています。
 ①Xの業務成績改善の可能性については、PIP(Performance Improvement Plan)をXに二回受けさせ、それなりに改善された点が特に注目されています。それなりに改善されたことや、これに加え、Xに与えた業務のうちのコスト削減業務はXにとって難易度が高いうえに期間も短かったこと、等を主な理由に、「是正し難い程度にまで達していると認めることはできない」と評価しました。解雇などの事案で、従業員に改善の機会を与えることはその合理性を高める場合が多く見かけられますが、本事案のPIPに関して言えば、逆に解雇の合理性を低くすることとなりました。かといって、PIPのような機会を与えてXがそれなりに改善したのに、それを評価せずに無理やり「改善効果なし」などと評価するわけにもいきません。最初から退職させるために、PIPの形式を整えただけである、実態は退職させる目的があってのアリバイ作りである、などと評価されてしまうと、より解雇の合理性が無くなってしまうからです。
 このように、改善の機会を与えた結果、満足できるほどではない(やはり能力不足は明らかである)が、それなりに改善した場合に、会社はどうすべきなのでしょうか。
 そのヒントは、次の②解雇回避措置での裁判所の判断の中にあります。
 すなわち裁判所は、②解雇回避措置に関し、改善可能性があるものの依然として期待した能力がない場合には、解雇回避措置として「配置転換」「降格」等の措置も検討・実施すべきである、と認定しています。特に降格(当然、減給も伴うでしょう)について、会社としては抵抗があるかもしれませんし、降格することで当該従業員との感情的な溝が深まってしまい、管理がより難しくなってしまうことも懸念されます。この意味で、ここの部分の裁判所の判断は、観念的理想論的な面もあります。
 しかし、例えば「東芝総合人材開発事件」(東京高判R1.10.2労判1219.21、労働判例読本2021年版91頁)は、問題ある言動が改善されない従業員に対する解雇が有効とされた事案ですが、そこでは、東芝グループに約30年も勤務してきた従業員であり、管理も難しかったと思われますが、問題ある言動の改善がないことに対する譴責処分と、さらに出勤停止処分を与えたうえで解雇しました。
 このように、問題改善の機会を与えるということは、それだけ当該従業員の管理を難しくしてしまうことですが、実際にそのようなプロセスを踏まえた対応がなされた事案もあるのですから、ここで示された「配置転換」「降格」、さらに東芝総合人材開発事件で実践された「譴責」「出勤停止」等の処分を会社が行い、自覚を促すことを、会社側も検討する必要があるのです。

3.実務上のポイント
 本事案では、上司がXとの面談の様子を無断で録音していた点も問題になりました。従業員側が録音していた、という事例はそれなりに多く見かけますが、会社側が録音して問題になる場合もあるのです。
 この点裁判所は、面談の内容がXのプライバシーや名誉に直接関わらず、秘匿性が低いこと、トラブルに備えるという目的であること、実際、強迫されたというXの主張に反論する証拠として利用されていること、本件訴訟以外に利用されていないこと、を理由に、違法性がないとしています。
 近時は、例えば交通事故に関する訴訟でも動画記録が裁判で大きな役割を果たしており、会話や動画それ自体の記録がどんどん公開されていく傾向にあります。スマホでも簡単に録音されてしまいますから、管理上、全ての会話が公開される可能性のあることを意識しなければならない時代になってきたのです。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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