労働判例を読む#48

【神奈川SR経営労務センター事件】横浜地裁平30.5.10判決(労判1187.39)
(2019.3.1初掲載) 

この裁判例は、メンタルの病気による休職からの復職申請をした2名の従業員に対し、会社側は、従前の職務に復帰することは不可能と判断したため、2名の従業員は休職期間満了による自然退職となった事案に対し、従業員側の主張を概ね認め、労働契約上の地位の存在確認と給与などの支払命令をしたものです。

 1.主治医対産業医

本事案で、裁判所は、一方で主治医側の診断書の信用性を評価し、他方で産業医の意見書の信用性を否定しています。

従業員側は、主治医以外の精神科医の診断書も提出するなど、診断書の信頼性に関する様々な事情が比較検討されていますが、ここで特に注目されるのは、主治医の判断にかけた時間です。産業医は、数十分の面談数回で結論を出している、という点も、信用性を低く評価する根拠としてわざわざ指摘しているのです。

 

2.メンタルヘルス対策における職場復帰支援

ここで、実務上参考にすべきは、厚労省のホームページで誰でも入手できる「メンタルヘルス対策における職場復帰支援」というパンフレットです。

ここでは、5つのステップが示されます。

すなわち、①休業中のケア、②主治医による復職可否の判断、③復職支援プランの作成・実施、④職場復帰の決定、⑤復帰後のフォロー、の5段階です。

この事案のようにトラブルになる事案の多くは、③がありません。この事案に見られるように、せいぜい産業医の面談が行われる程度であり、それすらなしに復帰申請を棄却する判断をする場合すらあります。

しかし、③の復帰支援プランが機能した場合には、メンタルの病気による休職からの復職の際のトラブルが大幅に削減される効果があります。実際に、複数の会社で数件、効果を実感しました。

 

3.復職支援プラン

では、復職支援プランがなぜ効果的なのでしょうか。

いくつかの要因がありますので、私が実感した主なものを示します。

① 主治医が賛成してくれる

一番大きいのは、主治医が復職支援プランに賛成してくれる点でしょう。一度、会社のやり方に疑問と反感を抱くことになれば、主治医が会社側と対決する状況が生み出されてしまい、復職できるできないの議論が、主治医と産業医の医師としての専門性・適性の議論となってさらに悪化してしまいます。

しかし、まずは患者を少しずつ慣らしていく、というプロセスがあることで、患者に無理をさせずじっくりとその様子を見極めようとしていることが理解されます。主治医側に、会社側と対話できる状況にあることが伝わるのです。

② 産業医と主治医が共有すべき判断材料が入手される

実際の復職支援プランは、例えば、以下のようなプロセスです。

最初の一週間は、定時に出社だけすればすぐに帰宅します。

次の一週間は、午前中だけ軽作業を行います。例えば、短い経済新聞の記事について、要約した文書を作成させ、提出したら帰宅します。

次の一週間は、同じ作業を午後も行います。

このように、徐々に負荷を強めつつ、業務に近い状態に近づけていきます。その過程で、例えば軽作業中の行動観察の様子や、軽作業によって作成された文書などが情報として入手されます。

例えば、強度の被害妄想と攻撃性のある状況で休業していた者に、実際に軽作業で文書を作成させてみると、記事には全く関係のない陰謀を指摘するなど、明らかに異常な兆候がいくつも明らかになる場合があります。

これは、本事案のような数十分の面談だけでは決して入手できるものではありません。精神疾患が治ったかどうかを、主治医と産業医が同じ情報を基に判断できる状況になるのです。

③ 従業員本人が考える機会となる

さらに実際にあるのが、例えばうつ病での休職で、意欲が戻ったという主治医の診断があったものの、実際に復職支援プランを実施したところ、徐々に業務に近づいていく過程で、復職が無理であると従業員自身が主治医と相談して判断し、自ら退職した事例です。

このようなプロセスにより、従業員と主治医が納得して退職する場合もあるのです。

 

4.実務上のポイント

本事案でも、復職支援プランを実践していれば、事態は異なったでしょう。

結果的に、従業員2名が復職していたかもしれませんが、会社側もそれを良しとして受け入れるためにも、復職支援プランでの従業員の様子の観察が重要となります。

最初から復職を認めない、という結論ありきのプロセスではなく、あくまでも実際に復職できるように会社と従業員が協力してみる、その過程で、お互いの認識も歩み寄れるだけ歩み寄ってみる、という意識が、会社と従業員の間のトラブル回避につながるのです。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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