労働判例を読む#232

【アルゴグラフィックス事件】東京地裁R2.3.25判決(労判1228.63)
(2021.2.25初掲載)

 この事案は、54歳で死亡した従業員Kの遺族Xら(Kの妻と子)が、会社Yに対し、過労死に基づく損害賠償を請求した事案です。先行する労災申請手続きでは、労災が認定されましたが、Yの民事上の損害賠償責任について、Yは責任がないと主張しました。裁判所は、Xらの請求を概ね認めました。

1.相当因果関係

 Xらの請求が認められるための要件のうち、1つ目の問題は相当因果関係です。会社業務が、Kの死亡の原因である、ということに関し、先行する労災手続きで業務起因性が認定されていますので、民事の訴訟手続きでも相当因果関係の認められる可能性は、もともと高い状況です。

 けれども裁判所は、比較的詳細に事実認定を行い、相当因果関係の存在を丁寧に検証しています。

 その中でも特に注目されるのは、労働時間です。

 業務との相当因果関係の認定では、労災認定の基準を裁判所も尊重し、原則として労災認定の基準に基づいて判断しますが、その中でも特に重視されるのが、残業時間の長さです。厳密に見れば細かい配慮が必要ですが、概ね、残業時間が一定の長さを超えれば、原則として相当因果関係が認められるような状況になっているのです。

 そこで、残業時間が所定の長さを超えれば原則として相当因果関係が認められますので、残業時間の長さが問題になりますが、裁判所は、例えば自宅に持ち帰った仕事の時間も業務時間としてカウントしています。

 労働時間の意味については、議論が盛んになってきましたが、裁判実務上は適用されるルールの目的・趣旨に応じてその意味を解釈し、評価する、という方法が定着しているようです。例えば、出張で移動中の時間について、労働時間の管理に関する労基法上の労働時間という意味では、原則としてこれに含まれないというのが確立した判断基準ですが、安全配慮義務の場面では、緊張感をもって上司と一緒に時間を過ごしているのだから、労働時間に含める、という評価をした裁判例もあります(#216「池一菜果園ほか事件」高知地裁R2.2.28判決、労判1225.25)。

 従前、労働時間を管理し、残業代などを計算すべき労務管理の観点から、労働時間の範囲が議論されてきましたが、健康管理の観点から、労働時間の長さ、すなわち実質的にストレスを受けている時間の長さが議論されるようになりました。従業員の労働時間の管理に関し、健康管理という考え方も取り込むべき状況ですので、注意が必要です。

2.安全配慮義務違反

 ここからは、労災では問題にならない、民事固有の問題です。

 まず、Yの責任が認められるためには、Y側に過失が必要であり、そのために、予見義務違反・回避義務違反が必要です。相当因果関係のほかに、予見義務違反・回避義務違反が必要とされるので、XとしてはYの民事責任を追及するうえでさらに超えるべき壁があることになります。すなわち、Y側が、Xの健康上の問題について、不幸な結果について気づくべきだったが気づかなかった(予見義務違反)、これを避けるために対策を講ずべきだったのにしなかった(回避義務違反)のいずれかが必要となります。

 けれども、相当因果関係が認められる事案の場合には、仕事のストレスなどが、常識的に見て不幸な結果の原因である、と評価されたことになります。この状況であれば、気づくべきだった(予見可能性)、対策を講ずべきだった(回避可能性)、ということも常識的に認められるのが普通です。

 近時の裁判例では、相当因果関係を認めつつ、予見義務違反を否定したり(#199「北海道二十一世紀総合研究所ほか事件」札幌高裁R1.12.19判決、労判1222.49)、回避義務違反を否定したり(#209「国(陸上自衛隊訓練死)事件」旭川地裁R2.3.13判決、労判1224.23)する裁判例もありますが、そのような判断は例外です。相当因果関係が認められる場合には、多くの場合、会社側の過失も認定されるのが普通、と考えるべき状況にあります。

 この事案でも、相当因果関係が認められた状況で、Y側の過失も比較的問題なく認定されています。

3.Kの既往症

 その中で、特に注目されるのは、Kの事情です。

 Kには、高血圧の既往症があり、治療薬を適切に服用しないこともあり、高血圧が動脈瘤破裂のリスク要因とされていることから、これが死因であるくも膜下出血の発症に影響を与えている可能性があります。

 そうすると、業務起因性に関する厚労省の判断基準でも、個体要因として消極的に評価される可能性があるところから、相当因果関係に関して消極的に作用しますし、過失に関しても、予見可能性や回避可能性について消極的に作用します。

 他方、従業員側の要因について、例えば過失相殺などのルールに基づいて、損害賠償金額を減額することについて、これを認めない裁判例もあります。

 この中で、裁判所は、Kの既往症によって相当因果関係や過失を否定する判断はしませんでしたが、素因減額という考え方(損害の公平な分担という理念に基づき、民法722条2項の過失相殺の規定を類推するという考え方)のもと、損害賠償額を1割減額しました。

 交通事故では、事故態様に応じて過失割合を認定する方法が定着しており、そこでは、加害者の責任が5割を切り、1割や2割の場合すらあります。理論的に考えれば、加害者の責任が1割や2割の場合には、常識的に考えて、予見可能性や回避可能性、相当因果関係などが否定されるべきはずですが、実際には「損害の公平な分担」という理念の下、幅広く加害者の責任を認める(つまり、予見可能性、回避可能性、相当因果関係を緩く認める)かわりに、被害者の責任も厳しく評価する(つまり、被害者側に8割や9割の責任を認める場合もある)、という構造になっています。

 この発想は、職場での安全配慮義務違反の場面でも、徐々に現実化しているように思われます。この事案で、裁判所が、予見可能性、回避可能性、相当因果関係を認めつつ、Yの責任額の減額を認めたのも、このような考え方に影響を受けているように思われるのです。

4.実務上のポイント

 仕事を任せすぎた従業員が死亡した事案で、健康配慮義務違反に関するこれまでの様々な論点が幅広く議論されています。

 目新しい論点はありませんが、重要な論点が丁寧に議論されていますので、従業員の健康管理上、非常に参考になる裁判例です。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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