労働判例を読む#306

今日の労働判例
【伊藤忠商事・シーアイマテックス事件】(東地判R2.2.25労判1242.91)

※ 週刊東洋経済「依頼したい弁護士25人」(労働法)
※ 司法試験考査委員(労働法)
※ YouTubeで3分解説!
https://www.youtube.com/playlist?list=PLsAuRitDGNWOhcCh7b7yyWMDxV1_H0iiK

 この事件は、マレーシア出張中に自動車で移動中に高速道路から自動車ごと転落して重傷を負った従業員Xが、Xの勤務先であるシーアイマテックスY2と、出向先である伊藤忠商事Y1に対して損害賠償を請求した事案です。裁判所は、Xの請求を否定しました。

1.安全配慮義務違反
 当初、職業運転手が運転する自動車2台で移動するはずだったのが、荷物が多くて乗車しきれず、急遽Y1の現地の関連会社の従業員Aの運転する自動車を手配し、Xがこれに乗車することになりました。転落事故は、2台の自動車より先行していたAの自動車が、ガードレールの無い1メートルほどの高さの高速道路から側道(排水路)に落ちてさらに100メートルほど走行し、前方の土壁に衝突したというもので、Aは死亡しました。事故原因は認定されておらず、地元警察の捜査で刑事事件とされなかったことだけが認定されています。事故原因は明らかでないのでしょう。
 この状況で、Xは、出張の手配が悪い、という主張をしています。道路の状況、自動車の状況、運転手の力量、段取りの悪さ、など様々な点からY1の責任を求めています。
 これに対して裁判所がXの主張を否定した理由の中で特に注目されるポイントは2点です。
 1つ目は、予見可能性です。マレーシアでは事故が起きやすい等の状況はなく、マレーシア国内での自動車での移動があっても、このような事故を予見することはできない、というものです。過失の有無を判断するための判断枠組みは、予見義務違反と回避義務違反ですが、このうちの予見義務違反がない、というのが裁判所の判断です。予見義務違反が仮にあるとしても、次に回避義務違反が問題になりますので、Y1の安全配慮義務違反が認められるためにはかなりハードルが高いことになるでしょう。
 2つ目は、Aの自動車にXを乗せる段取りを付けた者が、Y1ではなくY1の現地関連会社の従業員であった点です。具体的には、Y1と行動を共にしているけれども、独自の判断で参加していて、XのためにAの自動車を手配し、これに乗るように決めたのも、Y1と関係の無いこの従業員とXが相談して決めたもので、Y1とは関係がない、というものです。
 しかし、この点については、裁判官によっては違う評価をするかもしれないと感じます。例えば工事現場での事故に関し、元請の会社が孫請けの従業員の事故に対して責任を負う場合も認められているように、安全配慮義務違反の有無は法形式上の問題ではなく実態から判断されるうえに、この事案でも、現地関連会社をY1が相当程度コントロールしているなど、実態をより詳細に見ればY1の責任に結びつく事実が認定されるかもしれないからです。
 とは言うものの、やはり1つ目のポイントが大きな問題であり、予見義務違反が認められても回避義務違反まで認められるか分かりませんので、仮に2つ目のポイントでY1との関連性が認められても、それがY1の責任に直ちにつながるとは言えないように思われます。
 このようにしてみると、2つ目のポイントはXの主張に応えるためにしっかりと論じられているものの、この事案では副次的な論点と考えられます。

2.不法行為責任
 使用者責任や自賠法に基づく責任については、Aの不法行為責任の成立することが前提となりますので、Aの不法行為責任をどの国の法律で判断するのか、という国際私法の問題が生じます。具体的には、事故をひき起こしたことにAの過失があれば、その責任をY1も負う可能性があるのです。
 この点裁判所は、上記のように自己態様を明確に認定していないこともあり、Aの過失の有無を正面から判断していません。Xは日本法が適用されると主張するけれども、その法律構成が明確でなく、また適用されるであろうマレーシア法について、何も主張立証していないことから、マレーシア法によって判断できないことを理由にしているのです。
 もし、2審でXがこの点を補充して明確にすれば、裁判所は何らかの判断を示さなくてはならなくなり、Aの過失の有無などの事実がどのように認定されるのか、注目されます。といのも、何も外的な原因が見当たらない以上、いわゆる「自爆事故」であって、Aの運転上の過失や自動車の整備不良が原因であると評価される可能性も相当程度あるように思われるからです。

3.実務上のポイント
 出向元であるY2の責任については、実際にXの出張に関与していないことから、安全配慮義務違反はY1よりもさらに認めにくくなります。Y2に出向させたことを問題にするとしても、Y2に出向させると危険な目にあう、というような会社ではないでしょうから、このようなロジックでもやはり責任追及は難しそうです。
 実務上のポイントとしては、Xも主張しているところですが、法的な責任が生ずる可能性を減らすためにも、そしてもちろん、従業員の安全を確保するためにも、現地の交通事情を熟知し、運転に責任を持てる現地の職業運転手を雇い、万が一のための保険も手配しておくことが大事です。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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