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労働判例を読む#466

【リバーサイド事件】(東京高判R4.7.7労判1276.21)

※ 司法試験考査委員(労働法)

 この事案は、飲食店で10年以上勤務してきたアルバイト従業員Xが、(1審によれば)採用されたばかりの大学生がリーダーとされたことへの不満などをきっかけに、勤務シフトに入らなくなり、会社Yが退職扱いした事案で、Xは退職していない、と主張しました。
 1審2審いずれも、Xは退職していない、としてXに従業員としての地位を認め、さらに2審は、Xが復職するまでの間の賃金の支払いをYに命じました。

1.退職合意の有無
 たしかにXは、年内に辞める、4月中旬には辞める、等と発言しており、上司である店長は、実際にシフトも入れなくなったことから、退職手続きを進めました。
 しかしそれだけでは、「確定的な退職の意思表示」も、「黙示の退職の意思表示」も、いずれも認められない、と評価しました。それは、①書面が作成されていない、②明確な意思確認がされていない、③店舗の鍵を返却しておらず、私物がロッカーに残されていた、④4月や5月の店長とのやり取りで、退職の意思表示を強く否定した、という事実が根拠とされています。
 裁判例の中には、退職の合意の有無について、従業員の「確定的な意思」や「自由な意思」が必要として、ハードルを高くしているものもありますが、この判決は、このような判断枠組みを設定せず、通常の取引行為でも適用される「意思表示」を判断枠組みとしました。「黙示の(略)意思表示」も成立し得ることが示されており、必ずしも「確定的な意思」「自由な意思」まで必要としていないからです。つまり、暗黙の了解(黙示の意思表示)による退職合意もあり得るのですから、判断枠組み自体はハードルが高くないように見えるのです。
 けれども、上記①~④を見ると、特に①②で明確に退職の意思の表明が求められていますから、現実に暗黙の了解(黙示の意思表示)が認められる可能性はとても小さいように思われます。
 判断枠組みだけでは、裁判例の傾向を見誤る危険があり、注意が必要です。

2.賃金の支払い
 この点は、1審と2審で判断が分かれました。
 1審は、Xが、退職ではなく休職、と主張している点なども踏まえ、「就労意思」が無かった、と認定し、Yによる「受領拒絶」が無かった、として賃金の請求を否定しました。これは、従業員が働くつもりでいたのに会社がこれを拒んだ場合、賃金を払わなければならない、というルールが適用されない、ということを意味します。
 他方2審は、❶Xが復職を要求したこと、❷その頃にYは他のアルバイトを雇ったこと、等から、Yの「責めに帰すべき事由」で働けなかった、と判断しました。これも、従業員が働くつもりでいたのに会社がこれを拒んだ場合、賃金を払わなければならない、というルールに関する判断であり、しかし結論的に1審と逆に、このルールが適用される、ということを意味します。
 1審と2審でキーワードが異なるので(1審は「就労意思」、2審は「責めに帰すべき事由」)、混乱するかもしれませんが、問題とされるルールの違いが結論を左右しているのではなく(同じルールが適用されている)、事実の評価の違いが結論を左右しているのです。
 そして、❶によって就労意思があると評価して1審の判断を否定し、さらに❷によって、Yの側の「責めに帰すべき事由」を認定しました。賃金の支払義務の判断に際し、❶働く意思と、❷会社側の就労拒否の2つがポイントであることを示した点が、参考になるでしょう。

3.実務上のポイント
 さらに2審では、1審で議論されなかった「解雇」も検討されました。
 しかし、合意による退職が前提で手続きが進められていますから、解雇のために必要な事情やプロセスが不足していることは、容易に想像されます。例えば、解雇の場合には、その従業員のどこに問題があるのかを指摘し、改善の機会を与えることが(一般的に)必要ですが、穏やかに合意退職してもらおうという場合に、このように従業員を非難し、刺激するようなことは、なかなか両立しないからです。
 けれども、解雇も視野に入れて、従業員に対して改善すべきポイントを指摘して機会を与え、プロセスを踏んでいく中で、自分が会社に合わないことを実感し、自主退職することもあります。合意による退職と解雇のためのプロセスは、両立しにくいように思われるかもしれませんが、むしろこれらを両立させることも、会社としては検討すべきポイントの一つです。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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