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労働判例を読む#371

今日の労働判例
【フーリッシュ事件】(大阪地判R3.1.12労判1255.90)

※ 週刊東洋経済「依頼したい弁護士25人」(労働法)
※ 司法試験考査委員(労働法)
※ YouTubeで3分解説!
https://www.youtube.com/playlist?list=PLsAuRitDGNWOhcCh7b7yyWMDxV1_H0iiK

 この事案は、洋菓子店Yで勤務していたパティシエXが、割増賃金の不払いを理由に損害賠償を請求した事案です。
 裁判所は、Xの請求を一部肯定しました。

1.労働時間
 労働時間が問題とされる多くの事案と同様、本事案でも早出残業(始業時刻)、居残り残業(終業時刻)、休憩時間が問題とされています。
 ここで裁判所は、早出残業と居残り残業については、タイムカードなどの記載の合理性を認めて、その記載に沿った労働時間を認定しています。Xは、もっと早い時間からの勤務を主張していますが、タイムカードなどは勤務開始時刻の前後10分の打刻ばかりであり、Yが勤務時間を厳密に管理していなかったことなどを理由に、タイムカードと異なる勤務時間を認定しませんでした。
 また、居残り残業についても、タイムカードの打刻時間によって勤務時間を認定しています。
 他方、休憩時間については、タイムカードなどの客観的な証拠がなく、あるのは就業規則の規定だけです。そこでは、昼の休憩時間については4時間、午前と午後に途中それぞれ30分、と定められています。
 けれども裁判所は、一方で、1時間だけだったとするXの主張についてこれを裏付ける客観的な証拠がないとしつつ、弁論の全趣旨などを理由に、Xは昼にも仕事をしていたと認定したうえで、一日の休憩時間は、合計で1時間30分が相当である、と判断しています。
 労働時間の認定に関し、客観的な証拠などが無いのに認定されてしまう点に、疑問を感じる人もいるでしょうが、当然会社が行うべき労働時間の管理を怠っているのに、そのことによって会社側が有利になってしまうこともバランスが悪く、多くの裁判例で、裁判所の裁量とも受け取れるような方法での労働時間の認定が行われています。この裁判例も、休憩時間に関して同様の判断が示されています。

2.固定残業代
 固定残業代については、毎月の支給の際に何時間分の時間外労働の対価であるのか明示されていない、実際の労働時間がこれを超えた部分を精算する旨も明示されていない、としてXは固定残業代としての効力が認められないと主張しています。
 けれども裁判所は、雇用契約書と毎月の給与明細書に固定残業代であることが明記されていること、Xもそのことを認識していたこと、これが基本給と別に支給され、判別可能であったこと、から、固定残業代に該当すると評価しました。
 近時、本事案のような固定金額を支払う場合と異なり、歩合給から割増賃金相当額を控除する方法の給与体系に関し、労働時間の「対価性」がないことを理由に、割増賃金の支払いを免れる効力を否定する判例もあります(「国際自動車事件」最高裁判決、最一判R2.3.30労判1220.5, 15, 19、「労働判例読本2021年版」336頁)が、そこで要求される「対価性」に関し、本事案では特に問題とされていません。
 割増賃金、という変動する報酬の場合と、本事案のような固定金額の場合とで重点が異なってくるのか、あるいは何か他の事情が影響しているのか、本判決を読む限り判然としません。固定残業代として認められるための要件について、実際にどのような事情を考慮するのか、という点まで掘り下げてみた場合、未だ十分ルールが固まっていないように思われます。

3.実務上のポイント
 結局、労働時間の管理が十分でなかったYは、特に休憩時間中の業務を中心に賃金の追加支払いが命じられただけでなく、これに合わせて付加金の支払いも命じられました。
 労働時間の管理を適切に行うことは、会社経営の基本なのです。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!



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