労働判例を読む#258

【O・S・I事件】東京地裁R2.2.4判決(労判1233.92)
(2021.5.27初掲載)

YouTubeで3分解説!
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 この事案は、会社Yの経営する介護施設の職員Xが、施設使用者や施設従業員からセクハラを訴えられたために、YがXと合意して減給した後、Xが会社に出社しなくなった(無断欠勤)したために、14日連絡が取れない場合、という解雇事由に該当するとして、YがXを解雇した事案です。裁判所は解雇を無効と判断しました。

1.解雇
 裁判所は、14日連絡が取れない場合、という言葉の意味について、広く連絡が取れない場合を意味するのではなく、実際に所在不明になることと、法的な通知や意思表示をする通常の手段が全くなくなったことが必要である、と非常に狭く解釈しました。
 そのうえで、ファクスなどで連絡が来ていた状況からこれに該当しないとして、Yの主張を否定しました。
 解雇の有効性は、解雇事由に該当する言動があれば足りるのではなく、例えば違法な状態を解消する機会を与えるなど、適切なプロセスが必要ですから、会社がそのようなプロセスを経ていないことを理由に解雇が無効とされることは、他の事案とのバランスを考えても合理的な結論でしょう。就業規則上に、必要なプロセスを省略できるかのような規定があったとしてもプロセスが必要であるように修正解釈される可能性があることを、この裁判例が示したと評価できます。
 実務上は、就業規則の規定によって簡単に解雇できるようであっても、本当にそうなのか、特に適切なプロセスを踏まなくても違法でないのかどうか、については慎重な検討が必要です。

2.実務上のポイント
 さらに、合意による減給について、裁判所は「自由な意思」に基づく「合理性」が「客観的」に存在することが必要であり、書類を受け取った翌日に返送されても、これに該当しないと評価しました。
 従業員の不利益な意思表示については、通常の意思表示とは異なり、「自由な意思」が必要であるとする裁判例が、山梨県民信組事件最高裁判決以降、数多く出されています。この「自由な意思」が適用される範囲は未だ不明確ですが、減給の合意について適用される可能性が示されたことから、実務上は同様の合意をする際には、従業員にその不利益も含め十分状況を説明し、理解を求める必要があることになります。
 なお、「労働判例」の解説では、この減給の合意はXのセクハラ疑惑に対するYからの処分であり、人事権の行使による減給としての合理性も議論すべきであった、という趣旨の指摘がされています(同95右上)。
 両当事者の意思表示の合致である「合意」と、一方当事者の単独行為である「減給」に関し、前者が後者を包摂する関係にあるのか、という問題もありますが、もし減給の合理性が問題になるのであれば、Xによるセクハラ疑惑が真実だったのか、あるいはこれを真実と信じることが合理的だったのか、そのために十分調査などをしたのか、等の点が重要な論点となってきます。もしかしたら、セクハラ疑惑の調査を十分にできなかったYが、それでも苦情に対応したという体面を取り繕うために無理して「合意」させたのかもしれませんし、もしかしたら、セクハラ疑惑に関して十分な証拠もあるが、Xを無用に追い詰めないために「合意」という形を取ったのかもしれません。
 しかし、いずれにしてもXの「自由な意思」の確保が不十分であったためにYの主張が否定されてしまいましたので、Yの意図に反する結論となってしまいました。この点も、上記1と同様、本来適切なプロセスを踏むべきところ、それを省略しようとしたことが背後にある原因かもしれません。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

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