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日記8

事件は夜起きる、とはターザン山本の言葉だがどうやら朝にも事件が起きるらしい。



月曜の気怠い朝、通勤中の車からシャッフル再生をしているとナンバーガールの透明少女が流れてきた。


久々に聴いたそれは相変わらずのローファイ感で歌詞カード無しではイマイチ何言ってんのか分からんけれどもそんなのお構いなしといった様相で向井秀徳がシャウトしている。


初めて聴いたのは中学生の頃、10個年上の従兄弟に『いいから聴け』と貰ったMDに入っていた。

最後爆発しちゃうんじゃないのってくらいに激しい演奏なのにどこか切なさを感じさせるその曲は相反する要素が同居してもピサの斜塔の如く絶妙なバランスで成立していて強烈に惹きつけられた。


後にテレビかビデオで観たナンバーガールには画的にとても驚かされた。メタルフレームのメガネをかけた飄々とした男がボーカルでギターは華奢な女性、音のみで想像していたアーティストイメージとはかけ離れた風貌にカバーバンドが出てきたのかと思ったが演奏が始まるとMDから流れてくるナンバーガールそのものだった。


兎にも角にもナンバーガールを夢中で聴いた。

中2の夏に部活面談という大昔過ぎて今となってはイマイチ何を話したか覚えていないイベントがあった。
各々の部活の顧問と面談をするので運動部に入っている生徒は自分の教室で待っていなければならない。

五十音順に呼ばれるので長くなるぞ、とMDを取り出した。クーラーも無い真夏の教室で目を閉じながらリピート再生されている透明少女を聴きながらうつらうつら寝入りそうになっているとイヤホンが片方外れている事に気付く。

外れたイヤホンを手繰ろうと引っ張るも何故かピンと張ったコードの先を見るとそこは和田緋沙子の耳だった。


「これずっと流れてるけど、何て曲?」


周りには誰もおらず2人っきりだった。


『ナンバーガールの透明少女、知ってる?』

「知らない」


あまりに近い距離感に自分の呼吸が荒くなり昨晩ニンニクがたっぷり入った餃子を40個食った事を悔やんだ。


「今度家行って良い?」

『なんで?』

「音楽詳しそうだから。CD貸してよ」

『あー、良いよ』


心音がアヒトイナザワのドラムの様に激しさを増す。


「あ、私もう行くね。今週日曜に家行くからね」


俺は思った、透明少女ってバレーボール部だったんだと。


その後順調に交際を続け、和田緋沙子はワンパチェットティーラトン緋沙子となり俺にとっての透明少女は透明嫁になった。
そして子宝に恵まれ2人の透明子供がいる。


今朝方内閣府から透明長男が首相官邸に忍び込み内閣総理大臣を人質に立て籠もっていると連絡を受けた。
モサドで諜報員をしていた俺は我が子であろうと容赦はしないだろう。

助手席に置いたジェリコ941に手をかけようとすると何か柔らかいものに触れた。

パッと顔を上げるとジェリコ941が宙に浮いている。


『さよなら、父さん』

「透明次男か…」


パンッ


俺が思うに例えばあの子は透明少女

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