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#8 あなたの生きた証は?【ある行旅死亡人の物語】

こんにちは、いちこです。
ここでは、読んだ本の紹介をしていきます。
こんな感想もあるんだな、と思っていただけたらと思います。
本に興味を持ったり、選ぶ時の参考になれば幸いです。

死んだあと、何かを残したいと思いますか?
物だけじゃなく、目に見えないもの、血縁、生きていた「私」の痕跡。
今回の本を読んで、人は普通に暮らしていたら想像以上に何かしらを残すことになることがわかりました。
逆に、この本に出てくる女性のように徹底的に痕跡を残さずに生活しようとすると、一般的な社会生活が困難になるレベルだと感じます。


【今日の本】

本日ご紹介するのは、
武田淳志(たけだあつし)、伊藤亜衣(いとうあい)著
「ある行旅死亡人の物語」です。

行旅死亡人とは、身元不明で引き取り手がない死亡者で、死亡推定日時や外見の特徴、持ち物などが官報に掲載されるそうです。



【内容】

現金3400万円を残して孤独死した身元不明の女性、
あなたは一体誰ですか?
はじまりは、たった数行の死亡記事だった。警察も探偵もたどり着けなかった真実へ――。
「名もなき人」の半生を追った、記者たちの執念のルポルタージュ。ウェブ配信後たちまち1200万PVを獲得した話題の記事がついに書籍化!

2020年4月。兵庫県尼崎市のとあるアパートで、女性が孤独死した。
現金3400万円、星形マークのペンダント、数十枚の写真、珍しい姓を刻んだ印鑑......。記者二人が、残されたわずかな手がかりをもとに、身元調査に乗り出す。舞台は尼崎から広島へ。たどり着いた地で記者たちが見つけた「千津子さん」の真実とは?「行旅死亡人」が本当の名前と半生を取り戻すまでを描いた圧倒的ノンフィクション。

毎日新聞出版ホームページより



【感想、雑談】

実はこの本、タイトルに興味を持って読み始めたのですが、当時のネットニュースを読んだことがあることに気づきました。
3000万以上の現金を残して孤独死した女性の身元がわからないという、不可解な話は印象に残っていました。
隠れるようなくらしぶりは、なんのためだったのか。どうやって生活していたのだろうか、と疑問だらけです。
ニュースというのは往々にしてそうですが、続報というものがありません。
事件がありました、こんなことがありましたと知らせるだけで、その後はどうなったのかわかりません。そして私も、すぐに日常の忙しさに忘れてしまいます。
今回の本は、心の奥で引っかかっていたニュースの続報を知れたという一種の嬉しさのようなものもあり、とても貴重なお話でした。

本書では人が亡くなっているのですが、状況があまりにも特異だったために、数ある行方不明事件や未解決事件などのような不気味さを感じました。
持ち物から故人を特定できず、警察も弁護士も追えなかった足跡を記者はひたすらに追っていきます。
しかし、亡くなった女性にはその「跡」がほとんどないのです。所持品はもちろん、近所付き合いもなければ行きつけのお店もない。家族も、親しい人もいない。病院にもかかっていない(保険証がなかったらしいので、それも理由でしょうか)。
そもそも、「誰」なのかを特定する作業が非常に困難を極めます。
この過程で、現代社会で生きていれば「跡」が残るのだというのがよくわかりました。
住民票から始まって、身分証、通帳、電気や携帯のライフライン、郵便物、クレジットカード、お店のポイントカードまで。何も「契約」しないまま生活している人はいないと思います。
それらがないということは、不便を通り越して、少し恐ろしいです。何かあった時に、大金を持っていたとしてもどうにもできないです。
ここまで徹底して隠れるかのように生活していた理由は何だろう?突然死だったであろう彼女の空白を埋められないのは何故?とページをめくる手が止まりませんでした。

記者の執念とも言うべき取材と情報網によって、やっと彼女が誰なのかわかりますが、いまいちすっきりしません。
親族や故郷、古い友人までわかったのに、生前の彼女の輪郭は数十年分ぼやけたままなのです。
法的には身元が判明し、相続人も確定して一応の解決を見た訳ですが、どうして彼女があのような生活をしていたのかは、もう正確なところは誰にもわからないでしょう。

彼女がこんなにもお金を残していなかったら、孤独死のような亡くなり方でなかったら、きっと身元不明なままひっそりと終わっていたかも知れません。
また、苗字がかなり珍しかったこと(これが鈴木さんや佐藤さんだったら、迷宮入りしていたかも…)、その一族の中の1人が家系を調査していたり、その人に繋がれたことや勤務先だった会社関係者が存命であったこと、故郷の同級生に話を聞けたこと。
取材力だけではなく、そういうめぐりあわせのようなものもあって不思議な感じもします。
不気味に感じた前半パートとは違って、後半は出会う人が良い人ばかりで優しい気持ちになりました。

私だったら、家族とも友人とも連絡を取らず、35年間同じアパートに住んで、住民票も保険証もないまま誰とも深く関わることなく、大金と共に暮らすことができるだろうか。
考えていると、なんのために?どうやって?と言うはじめに抱いた問いに戻ってしまいます。

様々な憶測を呼びそうな状況だけど、彼女は楽しかったり幸せを感じられていただろうか、と思わずにはいられません。

【おわりに】

人の足跡、生きた痕跡は、必ずどこかに残る。
そう、たとえ行旅死亡人であっても、である。

1人の女性の人生を追おうと、調査を重ねていく過程が丁寧に書かれていて、とても印象深い本となりました。

興味が湧いたら、読んでみてください。
では、今日はこの辺で。
ありがとうございました。

いちこ

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