盆のかえり

失礼いたしますゥ。

(からり)


まぁ叔父様………ご無沙汰どすなぁ、よぉ来てくれはりました。梅雨に入ってからパッタリ来はらんよぉになったから、夏バテ違うか言うて皆で心配してましたんや。
おかみはんもホッとしはりましたやろ。ほんまよぉ来てくれはりましたわ。おかみはん、後から御酒やら揃えて上がってきはる言うてはりました。マ、しばらくくつろいでおくれやす。
あ、窓、あけはったらどないどす?下はすぐ鴨川になってますさかい、風が吹いてちぃとマシですよ――へぇ、ほな

(からり、ざぁ)


今日もよぉけ人がおりますわ。この暑いのによぉ来るなぁ。川床も満席やそうどす。
川床いうたら、あのぉ、叔父様が昔ここの川床でご馳走してくれたけど、あれおいしかったわぁ。あの日はほんまに楽しかった……
うちはおとうはんもおかあはんも厳しいて、夜に外へ出してもらえへんかったから。友達はみんな花火見にでかけたりしてんのにうちばっかり、言うてうち拗ねてなぁ、ふふ。
叔父様があの日連れ出してくれてほんまにうれしかった。川床でおいしいごはん食べて、遠くの方の花火の音聞いて、はしゃいでました。楽しかったァ。
あれがもう十年前ですか…え?ああそうです、今日がお店に来てちょうど、十年目になります。
えぇ?祝いやなんて誕生日でもあらへんのに、恥ずかしいわ。

(睦ミ笑ヒ)

欲しいもん、ですか?あらへんとは言いまへんけども。うちが欲しい言うたら叔父様すぐ買うてくれはるんやもん。申し訳のうて言えまへん。
それになぁ、うちの欲しいもん言うたら、えらい難しいもんどすえ、うちが十年ずっと欲しいて欲しいて、それでも手に入らんかったんやから。
嫌ぁ。もう……わかりました白状します。

(嬌声 ざぁ 目クバセ)


あの日、叔父様について行って、恥ずかしがるんも最初のうちだけで、はしゃいではしゃいで。おいしいおいしい言うてご馳走たべて、眠ぅなりながら帰ってきたら、
家が燃えてました。
うちは古店やしなぁ、木造で……そらよぉ燃えましたやろなぁ、となり三軒飛び火してここまで煙が来たて、大変やったて、おかみはんが。
もうそのあとは大変で。うちはなんもわからんで、大人に囲まれて、かわいそうにかわいそうにィ言われて。大人はみぃな言うだけ。なんもしてくれんで。叔父様だけがやさしかった。
ここへ連れてきてくれはって、優しそうなおかみはんの顔見た時、ハァ助かった、て思いました。あんじょう計らってくれはって今のうちがあります。七ツやった子が十七になりました。ほんまおおきになぁ

(オ涙頂戴 ゴクん)

せやけどうちどうしても不思議なことがあるんどす。
あの日、あの日に限って、叔父様はなんでうちを連れ出したんやろ、思て。
うちのおとうはんもおかあはんも随分渋らはったのに、叔父様がよぉ粘って、なんでそこまでうちを連れ出したいんやろ、と思て不思議どした。ふだんおとうはんともおかあはんとも仲ええようには見えんのに
あんさんは……おじいはんの、お妾さんの子やそうどすな
おとうはんはいつも妾の子妾の子言うてあんさんのこと馬鹿にしてました。おかあはんも一緒になってなぁ、ひどい話や思いました
せやけど火ィつけたらあかん思います、よ。

(シン…… ざぁ)

おかみはんはあんさんのコレですやろ、ええ?二人して、なぁ、うちにはおいしいもん食べさして、人の家に火つけて。
おとうはんが、おかあはんが、憎かったんどっしゃろ。ばかにされてなぁ、憎かったなぁ、辛かったなぁ、かわいそうになぁ。

(慈愛ノ声イロ)

もうじきお盆どす。おとうはんもおかあはんもかえってきはる。
叔父様?
うちの欲しいもんなぁ。
いのち、
いのちがふたぁつ、欲しいんどす。
おとうはんもおかあはんも、お供えがほしおすやろ。火炎地獄から胡瓜の馬に乗ってかえってきはるんやさかい、おなかもすきますやろ。
おとうはんとおかあはんにあげるんどす、せやさかい、命、ふたぁつ
あんさんと、おかみはんと、なぁ。ふたぁつ、なぁ。
うち、欲しいんだす。十年ずぅっと欲しかったんどす。今日やっといただけますそうな。

(膝にカカル白ひ手)

おかみはん、もうすぐあがってきはります。
あがってきはったら、あんさんが殺してなぁ、ほんであんさんも死んでください。うち、ここで、見てます。
昔から欲しいもんなんでもくれはったやないか、なぁ、なぁ。うちかわいそうどすやろ、あんさんらのせいで、うち、ひとりになってなぁ、おとうはんとおかあはんにかわいがられてエェ子やったのに、こないな厭らしい店で三味ひいて酒ついでなぁ、どぶくさい女になってしもて
あんたのせいどす、妾の子のくせに。うちを猫かわいがりして、どういう了見か知らんけど、気色の悪い、ほんに汚らしい

(階下ヨリ足音 待ち人来たり シタリ)

シッ……
叔父様、なぁ、この匕首で、殺して、死んでください
そしたらうち、喜んで酒盛りができます。上機嫌になっておじさまに口づけもしてあげます、きっと、きっとしたげます、せやから、ナ、
頼みましたえ。

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