なんかわからない  前編 21000字

 いきなり初恋なんて男子のプライドが許さない。そこで、ちょっと寄道。

 光は1秒間で地球を7回り半する。とんでもなく速い。でも、太陽系の第8惑星・海王星まで4時間掛る。天の川銀河を横断するのには10万年掛る。こう考えると光のスピードは滅茶苦茶遅い。宇宙が産まれて今の大きさになるまで137億年掛った。逆に言えば宇宙を作るのに137億年掛る。宇宙を作るのにそんなに時間が掛かる意味が判らない。神様が居て宇宙を作ったのなら、とんでもなく気の長い神様だ。とんでもなくのろまだ。しかしこんなふうに神様をけなすのは良くないと思う。逆に考えて無限という名なら神様にふさわしい。

 悠子を好きになったきっかけは良く覚えていない。一目惚れでは無かったと思う。いつの間にか一緒に居た。一目惚れが出来るほど、僕はませていなかった。

 小学5年の2学期、総合学習と理科を混ぜた野外学習で悠子の家の近くの海岸に行った。その海岸は海水浴場になっているから、穏やかな砂浜が広がっている。でも、左を見ると90度どころか、根元が波に洗われ、オーバーハングした崖が50mほどに切り立っている。海面には凶暴な波が打ち寄せ、地元の猟師の子供さえ近寄る事が出来ない。右側の先のほうは河口になっていて、砂浜が放物線を描くように続いている。でも、沖合100m位の所には、消波ブロックが水平線を隠している。
 オーバーハングした崖にも松はへばりついているのだから、消波ブロックにも松を植えて欲しい。僕の大人達は、昭和という時代に日本をコンクリートで固めてしまった。あんな無粋なものを見て心が痛まないんだろうか。定年退職した役所の人が居たら、いい景色ですね、と言ってやりたい。ついでに、僕達21世紀少年には昭和という時代があった事も理解できないと言ったら大人達は驚くだろうか。でも、こんな事を書いていたら、折角このページに来た人にみんな逃げられちゃうだろうから、僕の初恋の話をしよう。

 其の日はそのまま海岸で昼食を摂ることになっていた。昼食時間になり、女子達が張り切って居た理由が判った。弁当を見るとそれはピクニックだった。僕は自分の弁当をひろげたが箸が無い。
「あっ 孝介君 箸忘れたんだ」梨花が直ぐ口をだす。忘れたのは僕じゃない。
「私が食べ終わったら、貸して上げようか」悠子が直ぐ助け船を出す。
 女子のものを借りるなんて情けない。あゆみのやつを取り上げよう。しかし、なんだ、この短い箸は。ピンクで、しかもプラスチック製。こんなんでは食べられない。それで、とんでもなく騒いでいるあゆみに、もったいぶって返した。あゆみはあほだから、恩着せがましく返せば原因を忘れて感謝する。箸はコンビニに走れば10分で買ってこられるが、面倒くさいから海辺に落ちている枯れ枝を拾った。
「わ~ きたない」あゆみが言い、ついで、
「いいよ、貸してあげようか」
 梨花はフォークやら、ストローやらコップやら色々持っている。なんと箸もいっぱい持っている。なぜ? 枯れ枝は捨てて、梨花の箸を借りた。すぐ貸してくれれば良いのに、後出しする。梨花はそう云う所がある。
 僕は、小学1年や2年や3年や4年の記憶がほどんど無い。人間として生きて居たのか不安だ。ひょっとしてサルだったら恥ずかしい。小学5年生でようやく人間になってきたようだ。
 女子達はお互いの物を見せ合い交換している。うらやましいと思ったが、また騒がれると思い大人しく食べていると、悠子が色彩パニックを起こしそうな弁当を目の前に突き出し、どうぞと言う。それをみて凄いと思ったけど、みんな知っている、大半が冷凍物だということを。
「わ~ 仲良いんだ」まさみがはやす。
 大体、この5人組でいつも遊んでいた。悠子は、クラスの美人3人組の一人、他の2人は、美紗子と梓。僕はこの2人とも仲が良い。
 生徒達は、勝手なかたまりで食事をしている。大体は、男子ばかりだったり、女子ばかりだったりするから、僕の所の1男4女は少し異常。梓の方を見ると、ちゃっかり先生が居た。それを見ると僕の胸はチクッと痛んだ。梓はもう諦めちゃったんだろうか。

 先生は教える道具で良い筈なのに、先生はいつも怖かった。僕は先生に嫌われていた。

「宿題やって来ていない奴は立て」
 お決まりの先生の言葉に、常連の3人が立ち上がる。僕と、オール1で本当に出来ない2人と、たまたま忘れたのが1人か2人。大体4~5人が立ち上がる事になる。僕は宿題はやらなかったけど、算数と理科は良く出来たし、時折さされる質問も答えられた。そういう生徒がいつも宿題をやって来ないと云う事は要するに示しがつかない。痛めつけてやろうと云う事になり関節技をしばしば受けた。体育の時間なんかにうつ伏せに寝かされ、膝の内側に乗られ、足首を持たれると、膝の内側の先生の足を挟み、内腿の方に力いっぱい曲げられる。これが痛い。ギブアップしても5秒間くらい続ける。他の生徒は又いじられている位にしか思わなかったかも知れないが、僕には痛めつけてやろうという先生の気持ちがよくわかったし、先生も僕が理解しているのを承知していた。
「宿題やってくればいいのに」いつも言われる。
「悠子がやって来いよ」
「字でばれるよ。それこそ何されるか判んない。
 それでも良い? 鞭が飛ぶよ」
 そう云えばその先生は、いつも鞭を持っていた。
「あいつは傷が付かないようにやってるから、鞭は使わないよ」
「へぇ~ そんなとこまで考えてるんだ。流石ベテランだね」
 先生の鞭は皆の恐怖の的だ。特に女子達は怖がっていた。
「あの鞭なんとかして欲しいよね」
「そう云えば、先生はあの鞭使えないんだって」
「なんで」
「体に傷をつけると、証拠になるから」
 梨花が自慢げに言う。おかしい。梨花にそんな知恵はない。悠子をみる。首をすくめた。悠子がご託宣を述べたに違いない。
「なら、だれか 傷をつけられればいいじゃない」
 あほのあゆみがとんでもない提案をする。
「そうだ、それがいいよ、あたしがママに言いつけてやる」
 級長で美人の美紗子がいつの間にか話しに加わって来た。おいおい級長だろ。そんな事言って良いのか。しかし、興奮した女子共の話しには歯止めが利かない。後はいけにえの選抜だ。
「そんなの 可愛そうだよ」悠子一人が味方してくれる。悠子が僕の味方をするのはバレバレだから、誰も耳を貸さない。
 梓も居た。先生のお気に入りだ。そしていつも先生のセクハラを受けている。梓は、美人で活発だけど先生のセクハラには本当に悩んでいた。先生は、そんなのにはお構いなく、いつも梓の横の席で給食を摂る。
 梓も僕を見る。梓の意見は重い。そして、いけにえは決まった。
 翌日、直ぐ実行することになった。

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