なんかわからない  後編 60000字

<10月21日>
 現在の話をしよう。といっても実際は10日ほど前、入院して1週間が経った頃に遡る。

 東京に出てきて、この夏ごろから時々意識を失うことがあった。動機が激しくなり、顔が紅潮し、その後苦しくなって意識を失ってしまう。一人暮らしの開放感から知らない酒の酔いに夢中になっていて、意識を失うのはそんな時だったから、慣れない酒のせいだろう位にしか思っていなかった。若いからすぐ退院出来ると思っていたが、医者はもう少し入院が必要だと言う。

 両親がやって来た。こんなザマを知られたくなかったので連絡していなかった。医者が知らせたのだろう。入院して2日間は意識が無かったようだし、その後も朦朧としていた。一体どんな薬を飲まされのやら。保険証の事を聞かれたから、退院したら持って来ると答えたけどそれでは済まなかったみたいだ。
 両親の出現にはびっくりしたが、バツが悪く腹を立てた。
「医者はなんて言っていた」
「まだ体が元に戻っていない。もう少し掛かるって」
「それだけ、何か隠していないか」
「さあな、何か悪い所でも見つかったんだろう」
 旨い言葉だ。普通なら素直に安心するだろう。しかし、母の顔が、父の戦略を台無しにしている。今の体調を考えると、母の顔は少し不安を煽る。思ったよりも悪いのかな。しかし、まさか、死病と云う訳でもないだろう。なにか有ったとしたら? 父の顔を窺ったが、なにも答えそうも無い。自分で調べるしか無いか。
 こんなに若いんだ。死病に取り付かれて死期も判らず死んだんでは話にならない。しかし、なんだろうな、まさか治らない病気じゃないだろうな。でも、少しワクワクする。

 父は帰ったが、母は残ると云う。しかも、僕の所に泊まると言い出す。不味いな、明日は相当小言を言われるだろう。
 翌朝、母は8時にやって来た。部屋をほったらかしにしていた事には何も言われなかった。その代わり、朝食は旨いか、量は少なくないか、あれこれ五月蝿い。朝食を残すと、どこか具合が悪いのか、と馬鹿な質問をする。
 五月蝿いから芝居でも見に行けと言うと、まだ芝居見物する年ではないと言われた。そうか、母はいくつになったんだっけ。もう40超えたと怒られる。何故怒られないといけない。女は自分の年齢をごまかすのに、息子に対しては年齢を強要する所がある。

<10月22日>
 ようやく投稿が追いついた。少し整理すると、両親がやってきて母と二人になってから投稿を始めた。母の世話が煩かったのかも知れない。この1週間はせっせと投稿していた。パソコンを持ってきてもらったからだいぶはかどる。起きている時はパソコンに向かっている僕を母は静かに見ている。でも、母はやはり様子がおかしい。夢の中で母が泣いていた。少し不安が拡大する。作戦を急がねばならない。僕の携帯のメアドはほとんど空っ穴だ。大学には親しい人は居ないし、飲み屋の人達と親しくするなんて事は有り得ない。でも、何人かのクラスの人のが有った。たぶん、オリエンテーションか何かで交換したのだろう。そのうち、ようやく顔の思い出せたメアドに連絡した。
 彼は慌ててやって来た。
 <入院していたとは知らなかった>
 <いつから入院しているのか>
 <どこが悪いのか>
 と真顔で尋ねる。どこが悪いか判っていれば君は呼ばない。しかし、彼の態度には感謝した。申し訳ないとも思ったが作戦を進める。
「もう駄目そうなんだ」僕は神妙な顔で話始めた。彼は驚いて僕を見つめる。すまないと思いながらも、
「入院した当初、意識が無い時あれこれ検査をしたらしい」
「回復の見込みが無いと判断したのだろう。 今はほっとかれている」
 彼はまだ驚いていて、最初の時と同じ顔で僕を見つめる。調子に乗って、さらにストーリーを進める。
「もうこの病院から出て行けないだろう。病院どころか、この病室からも出られないかも知れない」
 彼は視線を泳がすと横を向いてしまった。
「たぶん、判ってくれるだろうけど」僕は真顔で彼と向き合った。此処が肝心だ。
「後、どれ位生きられるか、それが判らないと死んでも死に切れない」
「いや、生きていくことが出来ない」
「わかるよな」念を押すと彼は頷いた。でもだからどうしろと云うんだ、そんな顔で見返す。
「すまないが、クラスの代表とかいって、医者に聞いてきて欲しい」
「わかった」
「何でもなければそれで良いし、告知してくれたら正直に教えて欲しい」
 彼は頷く。しかし、それだけでは足りない。
「それともうひとつ」
 何? と云う顔で見返される。
「カルテの場所を見てきて欲しい」
 怪訝な顔をするだろうな思ったら、案の定そんな顔で、
「なんで」
「保険だよ。君も医者が100%ほんとの事をしゃべるとは思わないだろう?」
「頼むよ、一生のお願いだ。最も後僅かだけどね」と悪い冗談を言う。彼は冗談だと取らなかったのか、
「判った」
 単純な奴だと思う。しかし、こんな話をされたら誰だって単純になる。それに彼なら、それに向かって策略も練ってくれそうだ。
 彼は出て行った。そして戻ってきた。
「今日は会えないって」
 これには、心底がっかりした。
「明日の午後会ってくれるそうだから、又来る」
「気をしっかり持てよ」
と言うと彼は出て行った。第一ステップ完了。簡単な事だ。後は成功したも同じだ。人をこんな風に使えるなんて、僕は自分の能力に驚いていた。

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