逆上がり
10年前の夏。
朝6時、近所の公園にて。
わたしは8才の娘に逆上がりを教えていた。その隣には5才の息子。そして、夫。
わたしは娘と同じ8才のときに、いやいや逆上がりをマスターした。父から猛特訓を受け、泣く泣く鉄棒に向かった記憶がある。逆上がり、もう関わることはないと思っていたけれど。
さて、娘の具合はというと……。
まず、両腕で体重が支えきれていない。そのため、腕が伸びきっている。できることからやろうと、娘のお尻を支えつつ、まわりきる感覚を覚えてもらう。手のまめを痛がりつつも、やりたがる娘の前向きな気持ちにこたえたい。痛む腰と腕、わたしは汗だくだ。
ふと、息子をみると、ひとりでもくもくと逆上がりにチャレンジしている。てっきり、夫が教えていると思ったのに……。
その瞬間、息子がまわりきった!
逆上がり、成功!
本人はまだ、ぽかんとしている。
「逆上がり、できたね!」
と話しかけたら、ようやく我にかえった息子。
「ぼく、逆上がりできたぁ。」
満面の笑み。わたしも微笑む。
ちょっと、心配になって娘の顔をのぞき込む。娘は悔しそうだ。ちょっと、眉間にシワがよっている。そりゃあ、弟に先越されたら、悔しいよね。
そのとき。
「できたぁ!」と別の声。
「みて!みて!」
と、夫が逆上がりを披露する。
あまりのうれしがりように、わたしはいくぶん引き気味だ。なぜ、このタイミングで、あなた……。けれど、すんでで思い出した。
夫は小学校時代、ほぼ入院していたことを。運動は禁止されていて、出来なかったことを。※
わたしは、「よかったねぇ!」と喜ぶのにまにあった。夫は少年のように得意げだ。
あっ!娘!
振り返ると……。
「わたしだけ、逆上がりができないぃ。」
あぁー!
それから、夫とわたしで娘をなだめたり、はげましたり。でも、何をいっても娘の気持ちは立て直せないようだ。もう、今日はうちに帰ろうか。
うちに帰ると、事情を聞いたわたしの母がこういった。
「逆上がりなんて、出来んでもなんてことないわぁ。おばあちゃんも出来んよ。大丈夫だよぉ。」
娘はちょっとだけ笑った。
おかあさん……。
わたしにもそういってほしかったよ。
※夫は腎臓の機能が低下するネフローゼ症候群でした。今はおかげさまで完治しております。
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