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じぶんにとってのキーワードに気づく

今日のこの文章は、いつもよりもさらに 自分の居場所の確認のためのものになっている気がする。

 ずいぶん前に体調を崩してから、海が怖かった。特に水族館の大きな水槽とかがなんだか苦手になってしまった。
 本当は 海辺でぼーっとすることが大好きだったのに。海の方に行きたくないなと思うようになった。怖いと思い込もうとしていたような感じ。

 ところが、ある時から再び海に引き寄せられるようになっていった。大好きなカフェは 海辺にあるし、車で走りたくなる場所や出かけたくなるところはやはり海沿い。父の生まれ故郷も海だしなあ。そういえば社会人になって初めて勤務したのも島。

 最近、受け持つことになった業務も、水に関するものだった。水や海や橋。それがどうも私のキーワードらしい。

 流す 循環させる 橋渡しをする

こういうことを意識して動いている時、わたしの中のエネルギーも淀んでいない。

 で、ややこしいのが わたしは「山」の要素もかなり意識する必要があるということだった。海が怖かったと書いたが、そのエネルギーばかりだと、時に大きなうねりに飲み込まれてしまう。引っ張って行かれないだけの 重しのようなものが必要なのだった。再び海に惹かれるようになった後も、ちょっと自分が参っていたり、油断したりしてると、海の辺りのエネルギーに酔ってしまう時がある。

 わたしにとって 海や水は「情報」なのだ。流れ込んでくるもの。もともと情報を集めるのが得意だと思っていた自分が 情報に飲み込まれそうな時、そして、よくも悪くもいろんなエネルギーに押し流れそうになる時、「山に戻れ」ってなってるのかもしれないと思う。「地に足をつけろ」となるわけだ。

 今住んでいるのは、山の上。空気がきれい。周りにある山も 強いエネルギーを持っている。そのエネルギーをいただきながら 生きていると感じる。ここに住むようになってから、自分は落ち着いた。海のない街。

 自分が一緒にいて 安心できるのは 私の中に、山の自分を見出す人らしい。海の部分を見出してくる人は、乱暴に私から情報を奪っていこうとする。あるいは、流れをかき乱そうと近づいてくる。そういう人を察知できると、無駄な消耗を避けることができる。


 自分の特性を いつもと違う角度から見ることは 新鮮な気づきをもたらしてくれるなあって これを書きながら 楽しい気持ちになった。

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