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【読書ノート】『教師が学びあう学校づくり ―「若手教師の育て方」実践事例集―』(編著者:脇本健弘・町支大祐 第一法規)

・「若手教師の育成」は学校の最優先課題

 2007年ごろをピークに団塊世代の教師が定年退職を迎え、それに伴って大量の教員採用が行われてきた。地域によって差はあるものの、現在では経験10年未満の教師が過半数を占めるという学校も珍しくない。先日も、2人の小学校長から、「ある学年の担任は、全員が経験5年未満だ」「初任3年目の教師に学年主任を任せている」という話をそれぞれ聞いたばかりである。

 その一方で、近年の学校教育ではグローバル化や情報化などの社会情勢の変化を踏まえ、学習内容や学び方が大きく変わってきている。さらに、いじめなどの児童生徒指導上の問題が多様化・複雑化していることや、特別な教育的支援を必要とする子どもの増加など、中堅やベテランの教師でも対応に苦慮をする場面が増えている。

 教師である以上は、たとえ初任者であってもベテラン教師と同じような対応が求められるだけに、若手教師の育成は学校にとって最優先の課題だといっても過言ではないだろう。

 もともと学校には教師が学びあう文化があった。現在も、若手の教師を育成するために、各学校では様々な取組が行われている。たとえば、一部の自治体や学校では、若手教師たちが互いに学びあっていく「メンターチーム」の取組が行われているが、これもその一つである。しかし、メンターチームの取組には成果が出ている反面、次のような課題も指摘されている。

・活動内容がマンネリ化しているのではないか。
・部活動がある中学校や高等学校では、活動時間を確保することが難しい。
・若手だけで学んでも、なかなか中身が深まらない。
・活動に消極的な教師や、勤務時間等の関係で参加しづらい教師がいる。
・「若手」と「中堅・ベテラン」との分断を生んでしまうのではないか。

 しかし、こうした課題があるからといって、テコ入れをするために管理職や中堅・ベテランの教師がメンターチームの活動に関与しすぎると、若手の主体性の芽を摘んでしまうのではないかというジレンマも抱えている。

 この本では、こうした難しさを抱える「若手教師の育成」という問題について、「1対1で若手教師を育てる」「組織で若手を育てる」「若手を支えるミドルを育てる」という3つのアプローチを紹介している。

・  この本の内容

 この本の構成は次のとおりである。

【目次】
第1部 社会背景・政策動向 今なぜ若手教師育成なのか

第2部 1対1で若手教師を育てる! ―授業から校務分掌まで―
 理論編 1対1で若手教師を育てる
 実践編
《実践事例1》授業リフレクション
     ―経験学習モデルにもとづく1対1メンタリング―
《実践事例2》学習指導案の作成
     ―教師が成長し合う「学習指導案の協働作成」― 
《実践事例3》校務分掌
     ―学校行事のマネジメントを支援―
 座談会 若手教師を支援する先輩教師のホンネ

第3部 組織で若手を育てる!
 理論編 組織で若手の学びを支える!
 実践編
《実践事例4》チームによる若手支援
     ―メンターチーム―
《実践事例5》これからの授業研究
     ―事前検討重視型授業研究―
《実践事例6》データにもとづく授業改善
     ―学力調査分析ワークショップ―
《実践事例7》これからの学びをデザインする
     ―教師の学びを「探究」にする―
《実践事例8》教師も学び、育つ学校づくり
     ―学習共同体への成長―
 座談会 チームを支える先輩教師のホンネ

第4部 若手を支えるミドルを育てる! ―若手育成の鍵はミドル―
 理論編 ミドルを育てるための理論
     ―研修の設計と実践―
 実践編
《実践事例9》校内OJTによるミドルリーダーの育成
     ―管理職の関わり―
《実践事例10》ミドルの育成を目指したOJT連動型研修
     ―横浜市の取り組み―
《実践事例11》ミドルリーダーと初任期教員がともに学ぶ研修システム
     ―大阪府の取り組み―
 コラム 若手の育成を支えるこれからの指導主事のあり方

第5部 これからの教師の育成のあり方を考える
 座談会 これからの教師の育成のあり方を考える

 目次からもわかるように、「1対1で若手教師を育てる」「組織で若手を育てる」「若手を支えるミドルを育てる」の3つのアプローチは、それぞれが理論編と実践編に分かれている。紙幅の多くを割いている実践編には、メンタリング、経験学習、ALACTモデル、メンターチーム、事前検討重視型授業研究、サーベイ・フィードバック、学習共同体などを拠り所にした事例が紹介されている。

 おそらく、この本の読者となるのは、その多くが現職の教師や管理職、教育委員会の関係者などだろう。それらの読者が、自らの勤務校や自治体で実践に取り組む際のモデルやヒントとなる事例が、この本には豊富に掲載されている。そして、実践編と対になった理論編に目を通すことによって、それぞれの実践を支えている理論についても合わせて学ぶことができるという構成になっている。

 また、第2部と第3部に掲載されているミドル層の教師たちによる座談会では、メンティへ関わる際の留意点、活動時間の確保の仕方、学校全体への活動の周知方法など、実践の裏側や関係者の本音についても知ることができる。さらに、第4部のコラム、第5部の大学や教育行政関係者による座談会では、若手教師の育成を通して見えてきた課題や改善点なども明らかにされている。

 もう少し具体的な内容に触れると、実践事例5では事前検討重視型の授業研究が取り上げられている。一般的な校内の授業研究の場合には、授業者個人が指導案の作成や教材の準備などの「授業づくり」を行い、授業の参観と事後の検討会には全員が参加をする。そして、検討会の最後には、指導主事や他校の校長などの外部から招聘された「その分野の専門家」が講評を述べるというスタイルが多い。

 料理人の世界でいえば、誰かが作った料理を全員で試食して批評をし、最後に料理長が「この食材の組み合わせはダメだ」などと総括をするような流れである。「技は盗んで覚える」という職人の世界であれば、こういう修行の仕方もあるのだろう。だが、教師の授業研究の場合にも、料理長に相当する「その分野の専門家」が、検討会の最後に「この教材はダメだ」という類の講評をするケースは珍しくない。授業をした教師にしてみれば、「だったら、先に言ってよ…」とでも言いたくなるだろう。

 しかし、事前検討重視型の授業研究では、授業に至るまでの教材分析、指導案の作成や模擬授業など、事前の取組に全校の教師や外部の専門家が関わることに重点が置かれ、事後の検討会については任意の参加とされている。先ほどと同じように料理に例えれば、食材の選定から下準備、試作までを全体で行うようなものだ。レストラン全体の料理人の腕を効果的に上げたいのであれば、どちらの方法が有効なのかは明白だろう。

 なお、第2部の実践事例2では、ペアで学習指導案を作成するという取組が紹介されているが、これも根底にある考え方は共通しているといえるだろう。

 また、冒頭でいくつかの課題を挙げたメンターチームについては、実践事例4で各校種の好事例が取り上げられている。それに加えて、第3部の座談会でも「チームを支える先輩教師のホンネ」として、具体的な手立てや留意点などが紹介されており、冒頭の課題を解消するためのヒントも数多く発見することができる。

 ここに挙げた以外のものも含めて、すべての実践事例に共通していることは、新しい取組を一から始めるというよりも、これまでの取組をひと工夫したり、校内の人的資源を活用したりしながら、けっして無理することなく活動が進められている点である。おそらく、試行錯誤をしながらそれぞれのかたちに辿り着いたのだろう。

 地域性やこれまでの学校文化、教職員の構成などの条件が異なれば、若手教師を育成するためのアプローチも違っていて当然である。それぞれの実践事例は、その学校や自治体の、その時期だからこそ効果的だった取組だともいえる。裏を返せば、これから若手教師の育成に取り組もうとしている関係者は、この本に掲載された実践内容を単純にコピペするのではなく、自らの組織に合わせてアレンジしていくことが大切だろう。その際には、一度、理論編を読み返してみることが有効かもしれない。

・「未消化」の問題

 学校内での人材育成を進めるうえで、この本が有益であることは間違いないだろう。しかし、学校における人材育成のあり方には、まだ多くの課題も残されている。第5部の座談会のなかで、立教大学の中原淳教授は次のように述べている。

‘’今、学校が直面している課題の一つに、長時間労働是正をしながら人材育成を行っていくという極めて難しい課題があります。2011年に横浜市で立ちあがっていたメンターチームを調査研究していたときとは、全然違うやり方をしていかないと難しいんじゃないかと思いますね。あとは、たぶん、非正規と正規とかいろんな雇用形態があることも難しそうですね。‘’

‘’臨任、非常勤、育児休暇明けの人、持病のある人、困難を抱える人、いろんな立場や事情のある人がたくさん増えていくということは、要は組織の中にどんどん多様性が増えていくことなんですよね。組織の中には遠心力が外側に、ばらばらになる力が働いているので、じゃあ、どう求心力を持ちながら組織をまとめていくのかというマネジメント能力が、すごく問われるようになってくると思います。要するに、これからの学校の人材育成課題は、管理職育成や管理職のマネジメント能力の強化になるということです。‘’
(212-213ページ)

 この本の内容が「若手教師の育成」に焦点化したものだということを承知したうえで、中原教授の指摘も踏まえて、読後に自分のなかで「未消化」のまま残っている問題をいくつか挙げてみたい。

①「学校内での学び」と「教育委員会等が行う研修」や「自己研鑽」との関連の図り方
②多忙化している学校現場における「学びの時間」の確保の仕方
③養護教諭、学校栄養職員(栄養教諭)、学校事務職員などの「一人職」の育成方法
④非常勤講師、育児休業明けの教師、短時間勤務を選択している教師など、時間や環境に制約がある教師の学びの保障
⑤いわゆる「指導力不足」の教師に対する校内での関わり方
⑥「大学の教職課程での学び」と「学校内での学び」の棲み分けや関連の図り方
⑦校長や教頭(副校長)などの管理職や、将来的に管理職になる教師の人材育成マネジメント力の向上

【①について】
 教師の学びは学校内だけで行われるものではない。「教育委員会等が行う研修」や「自己研鑽」と関連付けられることで、教師一人ひとりの学びの質は一層高まることだろう。そのためには、教師自身が「現在の自分の姿」を知るとともに、「将来、こうありたい姿」を見定めて、意図的に、そして主体的に学んでいくことが大切である。また、そこには同僚や管理職が適切に関わっていくことが不可欠だろう。

 教員免許更新制度が廃止され、それに代わる新たな研修制度がスタートすることが決定的になっている。これを「研修」の問題だけに矮小化するのではなく、校内での学びや自己啓発とも関連付けて、「教師の学び」全体を見直していく契機にすることが必要だと考える。実践事例10・11では、中堅教諭を対象にした研修と校内の人材育成とを組み合わせた取組が紹介されているが、こうした事例は今後の参考になるだろう。

【②について】
「学びたいけれども、そのための時間がない」
「時間的にも精神的にも、同僚の教師と関わるゆとりがない」
 これらは多くの教師たちから異口同音に聞かれる言葉である。この本のなかには、時間をうまく捻出しながら人材育成に取り組んでいる事例も収められているが、全国各地の学校では、多忙化する現場で若手教師が孤立無援となり、病休や早期離職に至るというケースも少なくない。

 この本で紹介されている実践事例では、いずれも若手教師に「教えこむ」というより、その「気付き」を大切にしている。そのためには時間的なゆとりも必要となる。現状において、できることから人材育成に取り組むことも大切だが、それと並行して長時間労働の是正をしていくことが急務だといえる。学校単位での改善には限界があるため、文部科学省や教育委員会などの教育行政が担うべきところが大きい問題だといえる。

【③について】
 もともと、こうした「一人職」には、それぞれに一般の教師とは異なる専門性があるため、管理職も具体的な指導や助言をすることが難しく、校内で育成を図ることには課題があった。

 一方で、たとえば校内での授業研究を活性化することが、「一人職」の職員に「自分たちは蚊帳の外」という疎外感を生んでいるのではないかという指摘もある。学校のなかでチームとして活動をしているつもりが、チームに入れない人間を生んではいないか、という視点をもつことも大切だろう。

【④について】
 中原教授が指摘しているように、今の学校には様々な立場や事情のある教職員が在籍しており、まさにダイバーシティである。たとえば、メンターチームの活動をする場合でも、時間的な制約などで参加をすることが難しい教師もいる。③の「一人職」と同じような状況が、教師たちのなかにも生じているのだ。

 また、教師一人ひとりの考え方やライフスタイルも多様化している。人材育成のための活動時間が放課後や勤務時間外に設定されている場合だと、なかには「個人的な教材研究やプライベートの時間に充てたい」という考えをもつ教師もいるだろう。極端に言えば、「学びあい」が同調圧力になる危険性も孕んでいる。たとえ、管理職や中堅・ベテランの教師がよかれと思っている方法であっても、多面的・多角的に見つめ直し、ときには軌道修正をしていくことが必要だろう。

 一通りだけの「万能薬」のような人材育成の方法はない。今、子どもたちのために求められている「個別最適化した学び」は、教師たちにも必要なのかもしれない。

【⑤について】
 指導力やコミュニケーション能力などに課題があり、学校現場で育成を図ることが困難な、いわゆる「指導力不足」の教師の存在は、なかなか表面化しにくい。しかし、学校にとっては大きな課題の一つである。一定の期間、教育委員会等と連携して実施する「指導改善研修」という制度はあるが、十分に活用されているとは言い難い。

 もちろん、校内での支援によって改善が図られるケースもあるが、当人よりも周囲の同僚や管理職が疲弊をしてしまうというケースも散見される。近年の教員採用試験の倍率の低下が、必ずしも新規採用者の質的な低下に結びつくとは言い切れないが、課題のある人材が採用試験をパスしてしまう可能性は、従来よりも高まっていると言わざるを得ない。

【⑥について】
 メンターチームで取り上げる活動内容のなかには、「板書の仕方」など、「大学のときに習わなかったの?」というものも少なくないようだ。無論、教職課程で学んだ内容であっても、児童生徒の実態などに合わせて、改めてノウハウを共有していくことは大切である。しかし、教職課程での学びの質や量には、大学ごとの違いも大きいようである。

 教職課程での学びと採用後の学びについては、それぞれの充実を図るとともに、棲み分けや関連を図っていく必要があるだろう。この棲み分けや関連を図ることの必要性については、教職課程での学びと教育委員会が行う初任者研修などについても言えることである。

 また、⑤に挙げた課題のある教師については、大学の教職課程の段階でその萌芽が見られた可能性が高い。非常にデリケートな問題ではあるが、早期に教師としての適性を見極めることが、当人にとっても関係者にとってもプラスになるのではないだろうか。

「大学の教職課程」と「教師になってからの学び」をつなぐ教員採用のあり方も含めて、養成・採用・研修を一体的に見直していくことが必要だろう。

【⑦について】
 これも中原教授が指摘をしているように、校長や教頭(副校長)などの管理職や将来的に管理職になる教師の学び、とりわけ、その人材育成マネジメント力の向上は、これからの学校づくりにとって極めて重要な課題である。言いかえるならば、「人材育成をするための人材を育成する」ということである。これは若手教師の育成とは違い、校内で対応することが難しい課題でもある。

 現在も各教育委員会では、管理職や主幹教諭などを対象にした研修を実施している。しかし、多忙な管理職やその候補者が対象であるだけに、実施できる回数には限界がある。また、その内容についても個々の教育課題や総論としての学校経営などに関するものが中心になりがちで、必ずしも人材育成マネジメント力の向上につながっているとは言い難い。校長の場合には、各自治体の校長会という「横のつながり」や、先輩校長との「縦のつながり」のなかで、人材育成上の好事例や悩みなどを共有しながら実践的に学んでいるというのが実情だろう。

 また、10年以上前に大量採用された世代の教師は、現在、ミドル層へと移行している。これらの層を対象にして次世代の管理職の育成を図るとともに、管理職を目指さない教師たちが、自他の人材育成に対してどのように取り組んでいくのかについても検討が必要である。教育委員会や教職大学院には、管理職やその次の世代の学びを充実させるために、ぜひリーダーシップを発揮していただきたい。それとともに、各教育委員会は中長期的な視点をもって管理職の人事配置や異動を考えていくべきだろう。

 …今回、7つの「未消化」の問題を挙げた。これらの問題について、いずれはこの本の編著者たちが向き合ってくれるのではないか、ということを密かに期待している。

・  学びあう学校づくり

 若手教師が増えていることは課題だと考えられがちだが、けっしてそうではない。そして、若手教師は「育ててもらう」だけの存在でもない。前出の中原教授も次のように述べている。

‘’上が下を育てるというモデルだけでは、新しい課題に対処できなくなると思います。例えば、GIGAスクールとかPCのスキルなどは世代の上下が逆転しているところがあるでしょう。そういう意味では、これからの人材育成は「学校の先生方がともに学ぶモデル」に変わっていくと思います。‘’ 
(213ページ)

 また、若手教師が生き生きと活動する姿は学校全体に活気を与え、その姿が子どもたちのロールモデルにもなる。さらに、この本のなかでも再三にわたって述べられているように、若手教師を育てることは、中堅やベテランの教師の学びにもなり、学校全体の活性化につながっていく。

 もちろん、学校の主役は教師ではなく、あくまでも子どもたちである。いくら教師の学びが充実したとしても、それが子どもたちに還元されていかなければ、単なる自己満足に過ぎないだろう。

 しかし、「教師たちの学び」と「子どもたちの学び」とは相似形の関係にある。学び続ける教師たちの姿は、かならず子どもたちに伝わっていくだろう。それは、学校にとって理想的なことだ。

 実践事例8のなかでも述べられているように、子どもたちがアクティブに学んでいくためには、教師自身もアクティブ・ラーナーでなければならない。それは若手だけにかぎったことではなく、すべての教師に当てはまることである。

 改めてこの本の表紙を見ると、副題は全体の内容を踏まえて『「若手教師の育て方」実践事例集』だが、メインのタイトルは『教師が学びあう学校づくり』となっている。このタイトルに、二人の編著者の想いが凝縮されていると感じた。

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