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コートネーム

 大学院生たちと日常的に接していると、最近の若者文化に驚いたり感心したりすることが多い。先日も、そのマッチングアプリを使った恋愛事情について紹介をしたところだ。

 今回紹介するのは、部活動やサークル活動における「コートネーム」のことである。初めて聞いたときには、スパイが使う「コードネーム」のことかと思ったのだが、そうではない。

 これを教えてくれたのは、学部時代に女子ラクロス部に所属していたAさんだ。彼女によると、「コートネーム」とは「コート内で選手同士が呼び合うあだ名のようなもの」なのだそうである。

 私が学生だったころに、こういうものはなかったと思う。しかし最近は、ラクロスだけでなくバスケットボールやバレーボールなど、女子のチームスポーツでこの「コートネーム」が採用されることが多いらしい。

 一方、男子のチーム内でこうした呼び名をつけることはほとんどないそうだ。また、海外にもこうした事例はなく、日本の女子スポーツに固有の文化なのだという。


 命名の際のルールは学校ごとに異なるようだ。Aさんのチームの場合には、

・新入部員の名前は、複数の上級生が相談し、本人とも話し合って決める
・かな(カナ)で書くと2文字か3文字の名前にする
・原則として、本名とは無関係な名前にする

 というルールがあり、代々それが受け継がれているのだ。

 ちなみに、Aさんの本名は由佳(仮名)だが、「コートネーム」はマリン(仮名)である。自己紹介で「海が好き」と言ったことが命名の決め手になったらしい。

 また、漢字での表記も「真鈴」と決まっており、これには「鈴を転がすように笑うから」という理由があるのだそうだ。二重の意味をもたせるとは、なかなか凝っている。

【注】この「マリン(真鈴)」という「コートネーム」は、事実をベースにした架空のもの。

 このように、本人の特徴を見極めて名づけられる場合もあれば、将来への期待を込めた名前がつけられることもある。


 「コートネーム」をつけるメリットとして、次の3点が考えられる。

 一つ目は、練習中や試合の際に役立つからだろう。大学スポーツの場合、1年生から4年生までが混じって練習や試合を行うことになる。下級生が遠慮をして「◯◯さん」「◯◯先輩」などという呼び方をしていると、コミュニケーションに一瞬の遅れが生じることもあるに違いない。また、試合のメンバー表に記載されている本名とは異なる名前で呼び合うことによって、対戦相手を撹乱することができるかもしれない。

 二つ目として、レスラーの「リングネーム」やコンピューターゲームの「ハンドルネーム」のように、コート上では別人格になるという効果があるのかもしれない。いわゆる「アバター効果」というやつだ。

 そして三つ目だが、その集団内だけで通じる名前で呼び合うことにより、チームの結束が強くなるのは間違いない。加えて、上級生が下級生の「名づけ親」になることで、家族のような絆が生まれるかもしれない。


 冒頭で述べたように、男子には「コートネーム」の文化がないようだ。たしかに、男子日本代表のサッカーの試合を見ていても、
「ユウト!」
「タケ!」
 など、下の名前かその略称で呼び合っているようである。他のスポーツも同様だろう。男子には馴染みにくいものなのかもしれない。

 しかし、「コートネーム」に多くのメリットがあることは間違いない。もしも、私に相談をしてくれたら、代わりに名前を考えてあげてもいいと思っている。

 試しに、落語の『寿限無』にならって、
「寿限無、寿限無、
 五劫のすりきれ、
 海砂利水魚の、
 水行末・雲来末・風来末、
 食う寝るところに住むところ(以下省略)」
 に匹敵するような長い「コートネーム」を考えてみたいと思う。

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