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教頭になる前に読んでおきたい1冊:中原淳『駆け出しマネジャーの成長論』

  4月は学校でも人事異動の季節です。今年も各地の学校に新任の教頭先生が着任することでしょう。文部科学省の調査によると、例年、新任教頭の数は全国で約7千名にもなるそうです。
 今から15年前の4月、私も首都圏の公立小学校に新任の副校長として着任しました(私の自治体では、教頭のことを副校長と呼んでいます)。以前、その出勤初日に経験したリアリティ・ショックについて、次のように書いたことがあります。

 新任副校長にとって、新年度がスタートする4月1日の一日は長いです。
 地域や学校によって異なるようですが、私の自治体では4月1日が職員全員の出勤日になっていて、校長の挨拶や着任した教職員の自己紹介の後、入学式や新年度の準備をすることが普通でした。
 一般の教職員が異動や新採用で着任してきた場合、職員室で自己紹介をした後、席へ案内されて居心地悪そうに座っていると、周囲が何かと気を遣ってくれたりするものです。当然でしょう。新しい学校に来たばかりで何もわからないのですから。
 ところが、副校長の場合にはそうはいかない。着任をした瞬間から「副校長」ですので。

「玄関に自治会の○○さんがいらしてます」
「入学式の生花の件で、花屋さんから電話が・・・」
「理科室の換気扇の調子が悪くて・・・」
 
 次から次へと仕事が降ってくる。
 換気扇云々の前に、こっちは理科室の場所もわからないんだってば。

「新任副校長の日常(1)」より

 新学期がスタートしてからの生活も、担任をしていたときとは全く異なっていました。何と言っても、自分で授業をすることがなくなるので、子どもたちと接する機会が激減します。その代わりの業務と言えば、校舎内の巡回、業者や来客との対応、PTAや自治会をはじめとした学校内外の関係者との連絡調整、会計の処理、苦情も含めた電話への応対、そして膨大な量の書類作成・・・。
 ふと、職員室の窓から校庭を眺めると、担任が子どもたちと楽しそうに体育の授業をしている姿が・・・。その様子を見ながら、
「まるで転職をしたようだな」
 と、ため息をついたりしたものです。
 学校という同じ空間にいながら、教員時代とは異なる世界で生きているという違和感や居心地の悪さ。そんなネガティブな気持ちを切り替えて、教頭としての仕事にやりがいを感じられるようになるまでには、かなりの時間がかかったように思います。
 今年の4月に新任教頭になる方々のうち、少なく見積もっても100人中99人は私と同じような思いを抱くのではないでしょうか。

 しかし、こうした昇任後のリアリティ・ショックを軽減し、教頭として前向きな気持ちで仕事をしていくためにお薦めの本があります。

 中原 淳(立教大学教授)
『駆け出しマネジャーの成長論』 7つの挑戦課題を「科学」する
 中公新書ラクレ

 私が初めてこの本を読んだのは、すでに教頭に「転職」をしてから10年ほど経ってからのことでしたが、読み終わった直後に感じたのは「もっと早くこの本と出合いたかった」ということでした。
 人材開発に関する理論、調査データ、関係者へのインタビューなどをもとに構成されたこの本には、心に響く言葉が数多く散りばめられています。
 企業の新人マネジャーを主たる読者として想定した本であるため、調査やインタビューの対象も企業で働く人たちです。けれども、その大部分は学校にも通用する内容です。たとえば、元・新任教頭である私の心に刺さったのが次の一文です。

マネジャーになるプロセスとは、「”仕事のスター” から ”管理者の初心者” に ”生まれ変わること"」です。

 まさに、そのとおりだと思いました。職員室を野球のチームにたとえるなら、新任教頭の多くは、教員時代には自他ともに認めるエースや4番バッターだったことでしょう。それが、現役を引退して新米のコーチになるわけです。いや、コーチと言うよりもスコアラーやスカウトなどの裏方に近い役割というほうが正確かもしれません。チームにとって大切な役割だと頭では理解していても、元エース、元4番バッターとしては心にモヤモヤを抱えて当然です。けれども、 ”管理者の初心者” に ”生まれ変わること" だと予め理解していれば、早い段階で腹をくくることができるでしょう。
 また、新任教頭はそれまでに経験したことのない不慣れな業務に取り組むことになるため、最初は失敗がつきものです。「自分は『できる』人間だ」と思っていた人ほど、自身を失うことになりかねません。そんなとき、「まだ ”管理者の初心者” なんだから」と思うことができれば、ずいぶんと気持ちが楽になると思います。

 そのほかに印象的だったのが、次の一文です。

「他者を通じて物事を成し遂げること」がマネジャーの本質ということになります。

 元エースや元4番バッターなら、他の教職員に任せるよりも自分でやったほうが早いということも多いでしょう。だからと言って、様々な仕事を教頭自らが巻き取ってしまっては、遅かれ早かれ自分がパンクをしてしまいます。また、他の人に仕事を任せていかなければ、組織として業務を遂行したり、人材を育成したりすることもできません。人に任せることができるようになることも、”生まれ変わること" の一つなのでしょう。

 この本の中心になっているのは、サブタイトルにもなっている「7つの挑戦課題」に関する内容です。その7つとは、次のとおりです。

① 部下育成
② 目標咀嚼
③ 政治交渉
④ 多様な人材活用
⑤ 意思決定
⑥ マインド維持
⑦ プレマネバランス

 どれも大切なことですが、近年の学校の課題であるとともに、多くの新任教頭が躓きやすいのが④の「多様な人材育成」ではないでしょうか。
 最近の職員室では、外国語講師、学校司書、ICT支援員、スクールカウンセラー、スクールソーシャルワーカー、職員室サポートなど、教員以外の職種の方が数多く働いています。
 また、臨時的任用教員や非常勤講師の割合が増えていることに加えて、正規の教員にも部分休業やフレックスタイムの取得者が増えるなど、教員の身分や働き方も様々です。まさに「職員室のダイバーシティ化」です。
 そうした多様化する職員室のなかで、若い教頭が苦手としやすいのが「自分よりも年上の教職員との接し方」でしょう。かつての職場で先輩だった教員が、今の学校では部下になっているということも珍しくありません。また、校長経験者が再任用の教員として勤務するケースも増えています。そうしたときには、次のような言葉が接し方のヒントになるでしょう。

年上の部下と話す時は、経歴や経験を尊重していったん相手を立てます。(電気/Tさん)

年上の部下には、まっすぐに言わないようにしています。いったんは相手を立てますね。それでも御理解いただけないようなら、「気持ちはわかるけど、自分としては、立場上、こう言わざるをえない」という物言いをします。そこは絶対に曲げません。(鉄鋼/Oさん)

 もちろん、次のように管理職として毅然とした対応をすることが必要になる場面もあります。

(だめな)年長者をのさばらせておくと、他の人たちが腐る。(製造/Aさん)

 この本は2014年5月に出版されましたが、2021年3月には増補版が刊行されました。追加された第7章、8章は、いずれも長時間労働の是正に関する内容で、この2つの章を読むだけでもこの本を手に取る価値があると思います。
「学校の働き方はブラックだ」と言われ、教職員の心身の疲弊や学生の「教職離れ」が深刻になっているなかで、第7章の見出しにもなっている残業の「集中」「感染」「麻痺」「遺伝」をいかに防いでいくのかは、学校の管理職にとって絶対に避けては通れない課題だと言えるでしょう。

 記事のタイトルにも掲げたように、この本は、ぜひ教頭になる前に読んでもらいたい1冊ですが、できれば、着任して1か月ぐらい経ってから、もう一度読み返してみることをお薦めします。きっと、1回目に読んだときには気づかなかった新しい発見があることでしょう。

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