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『2050年W杯 日本代表優勝プラン』-代表強化論は政策論争に似ている-

  東京五輪の舞台を戦った若き日本代表は、尊敬する倉敷保雄さんの言葉を借りれば「僕らの日本代表」という言葉に相応しい、サッカーファンにとって当事者意識を抱くチームだったと思う。競技日程を終えて、サッカーファンの間で「日本サッカーの強化には何が必要なのか?」という議論も再燃したのも、彼らに対する高い関心・期待が寄せられた証ともいえるだろう。
 海外サッカー雑誌『footballista』の特集等とリンクして行われた浅野賀一編集長と元『エル・ゴラッソ』編集長等で知られる川端暁彦氏の対談企画の書籍化となる本書『2050年W杯日本代表優勝プラン』は、上記の議論で取り上げられるようなテーマを多く取り扱っており、現状認識を深めるうえで良い材料となるだろう。

〇 「世界」と「日本」を繋ぐ対談

 本書の特徴は、日本の育成年代を中心に長年取材を重ね、協会・クラブ・選手たちの声を拾ってきた川端氏と、欧州を中心とする海外の最新事例に触れてきた浅野氏の知見が交わることで「世界の中での日本サッカー」の立ち位置を高い解像度で考えることができる点だと思う。
 また、両者の対談が、古くは『フットボリスタと日本サッカーの10年』をテーマに行われた2016年(本書「1-1」収録)まで遡っており、同じテーマを語る対談でも時系列の変化で世界の情勢が変化していることがわかる。その意味では、サッカー現代史の副読本としても優れたテキストと言える。

〇 印象論からの脱却

 連載時からもそうだが、本書を読み進めていたうえで「自分自身も印象論で語っていた部分があった」と反省する機会は多かった。例えば、本書に限らず、記事・配信媒体で川端氏が語っているように、我々ファンが抱いているような課題に対して日本サッカーの現場に携わる人たちの問題意識を抱いていることを改めて理解した。

   具体的な事例として、JFAが掲げる「ジャパンズウェイ(Japan's Way)」は日本人の特徴を生かす=技術・俊敏性を押し出すことが強調されているが、同じJFAにおいて現代サッカーにおけるフィジカルの必要性や新たにライセンスを創設を目的とした『フィジカルフィットネスプロジェクト』を立ち上げている。日本サッカーの方法論=フィジカルコンタクトに持ち込まない方法論の模索と受け止めてきたが、実際には「フィジカル、つまり相手とぶつかり合うこともサッカーの一部であることを受け止めて、正面から向き合う時期に差し掛かっている」(反町技術委員長)「日本人の良さを発揮するためにパワーづくりを考えていくべきです」(菅野プロジェクトリーダー)という認識を持っている(※)。
 また、海外の知見に触れてきた浅野編集長もまた、自身のリサーチと取材者を通じて海外の現場の声を集めてきたことから、一概に「海外の先進事例=素晴らしい」とは考えていない。対談の中でも事例紹介と併せて、危うさデメリットの部分も多く触れており、対談自体は(良い意味で)脱線を繰り返し、毎回締まらないものの(笑)双方の摩擦が生じていない要因ではないかと思った。

〇 代表強化策と国家政策 -「Japan's Way」の位置づけ-

 本書を読み終えた私見として「総力戦」の様相を呈する現代サッカーにおける国家代表チームの強化戦略は、政治・経済における政策の構造に通じるものがあると感じた。協会(政権)は目の前の戦いW杯(選挙)結果を求められるが、国の成長を促す施策(政策)は即効性に乏しく、10年スパンで取組の成果が見えてくるものである。
    例えば、上記で取り上げた『フィジカルフィットネスプロジェクト』も即座に成果が上がるものではなく、取り組みの成果は資格を取得した指導者、指導を受けた選手たちが経験等を積んだ5~10年をかけてかたちになってくるだろう。
 同じように、地方自治体や国における政策論争もまた、どうしても即効性のある革新的な内容を期待する趣であり、そうした期待を背負った改革者が持ち上げられる傾向にあるが、実際の成果が見えだすのも同じように5~10年は要するものだ。

    一時期は政党だけでなく首長選挙の候補者レベルでも策定されていた「マニュフェスト」(選挙・政党公約)は、まさに中長期的な政策ビジョンの提示であり、具体的な政策の進捗状況を指標となり得る材料であり、非常に良い取組だと考えている(が、すっかり見聞きする機会が激減した)。

 サッカーの話に戻る。今回の五輪代表の結果を踏まえてJFAの掲げる「ジャパンズウェイ(Japan's Way)」に対する厳しい指摘は少なからずあった。しかしながら、具体的な事例であったり、川端氏が伝える現場の声を踏まえると、トップダウンで徹底的に実践しようというわけではないこともわかる。そのように考えると、ジャパンズウェイ(Japan's Way)は【マニフェスト】ではなく「日本の明日を切り拓く。」「ワッショイベースボール」のようなフワッとした【スローガン】なのではないだろうか。

 つまり、日本サッカーに関する議論で大切なことは、ジャパンズウェイ=スローガンの是非ではなく、本書で取り上げている各テーマに協会・現場がどのように解決していくのかだと気付かされる。選手を多く集め、成長できる制度設計、個々の選手育成を担う現場の指導者育成、国際競争力を強化する代表チーム環境整備等を中長期的に取り組むことが、書籍タイトルにある「日本代表W杯優勝」に向けて求められる。

   建設的な議論・提言を積極的に発信していくことは専門メディアの大事な役割だと思う。海外サッカー専門誌のイメージが強い『footballista』がJリーグ・国内サッカーを掘り下げた増刊号『footballista J』を刊行したのも、こうした意志の表れであると考えることができる。
 そして、2人の対談=議論を多くの人たちが積み上げていくこともまた、近道ではないにしろフットボールネーションに近づくための道筋だと思う。東京五輪で世界を垣間見たからこそ、我々のようなサッカーファンも「世界に学び、世界に勝つ」取組を進めていきたいところだ。

※:『JFA news』2021年2月号(特集「フィジカル改革」)より


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