【小説】首切りの儀式

探偵助手をしている私が事務所のサイト内で趣味で運営している
【面白依頼コーナー】

そこに、様々な事情で掲載することが出来なくなった事件を、ここで皆様にお話させて下さい。

依頼人「助けて欲しいんですが、どこに相談したら良いか分からなくて、そちらにご連絡させて頂きました」
私  「警察には相談できない内容という事ですよね?」
依頼人「はい。恐らく取り合って貰えないと思います」
私  「ご依頼を受けられるかは分からないですが、お話だけは伺えます」
依頼人「では、お願いします」

依頼人は
 榊 依代 (さかき いよ)さん
 希望ヶ峰中学校で教師をしている40代の女性


榊「半年ほど前、私が勤めている学校で、おまじないが流行ったんです」
私「へぇおまじないですか。私も小学生の頃やった覚えがあります」

榊「そのおまじないは【首切りの儀式】というもので、内容は『夕方4時44分に希望ヶ峰神社の境内で夕日を背にして嫌いな人の名前を書いた人型の紙の首を千切り、頭部に火を点け、自分の影の上に落とすと4時間後、4日後、4週間後、4ヶ月後、4年後のいずれかの間に名前を書いた人物に不幸が訪れ縁が切れる』というものでした。縁が深い程効果が出るのが遅くなるが、その分しっかりと縁を断ち切れるらしいです。

私「なんか怖いですね…私が子供の頃にあったおまじないは「消しゴムに好きな人の名前を書くと両思いになれる」とかその程度でしたよ」
榊「そうなんです。私が子供の頃もおまじないはありましたが、今のおまじないは、なんと言うか悪質な感じで…
それに今はネットの普及で噂が広まる速度がまるで違って、あっという間に近隣の小学生から高校生にまで広まりました」
私「その不気味さとタブー感が絶妙に子供の心を惹きつけるんでしょうね」
榊「『やってはいけない事』をやりたがる年齢ですからね。嫌いな人が全く居ない人なんて、あまりいないでしょうからこの数ヶ月はクラス替えの時期だった事もあって爆発的に流行して、皆が遊び半分でそのおまじないをしました。
人型に切った紙をSNSに投稿したり、儀式をやってるところを動画に撮りアップする子まで出てきて…」
私「何というか…罰あたりですね。それで、そのおまじないがご依頼の件ですか?」
榊「そうですね。間接的には…」

榊先生は少し口籠もったが、意を結したように続きを話し始めた

榊「オカルトじみた話になりますが、このおまじない…おまじないというより呪術に近かったみたいで
成功した人は本当に縁が切れたんですが、その切れ方が相手が違うクラスになるとか、転校するとかではなく
怪我をするとか事故に遭うなど数日学校に登校出来なくなるようなもので
想像していたより縁を切る効果は薄いのに、起きる現象は重たくて、成功した生徒は喜ぶよりも怯えました。
更に恐怖を伝染させたのは、呪いというのは失敗すると本人に返ってくるという事でした。
成功しても失敗しても、1回の儀式で誰か1人は絶対に不幸になる。でもそうなると誰からも恨まれてない自信がある人なんて滅多に居ないですから
おまじないを行った人もそうでない人も皆その呪いや、呪いが失敗して返ってくるのを恐れ始めました」

私「それが呪いの本質、人を呪わば穴二つってやつですかね」
榊「すると今度は同じ神社の「しあわせのお守り」という魔除のお守りが、このおまじないの呪いを跳ね除ける効果があると噂が広まり、皆が挙って買い求め、1人で何十個も買って鞄に付ける子も現れました。
そうなるともう疑心暗鬼で、お守りを持っていないと極端に不安がり発狂する生徒も居て、もう収集がつかなくなりました」

私「それは、学校としても無視出来ないですよね」
榊「はい、呪いなんてある訳ないのに…」
私「先生は「呪い」を信じてはいないんですね」
榊「…ここまで大事になると言い難いですが、正直集団ヒステリーのような…錯覚だと思って居ます」
私「その『不幸』と呼ばれる現象は、錯覚レベルのものばかりなんですか?」
榊「大体は部活や体育の授業中の怪我程度ですけど、1番大きい事故は飲酒運転の車が生徒の列に突っ込んだ事はありました」
私「あ、希望ヶ峰市の事故ですよね?それはニュースにもなってましたね」
榊「はい。その事故です。運良く死者は出ませんでしたが、全員が死傷していてもおかしくない状況ではありました。
それが偶然あの希望ヶ峰神社の近くだったので生徒は余計に怖がってしまって」
私「偶然、ですか」
榊「はい。実は事故に遭った時その生徒達は皆例の「しあわせのお守り」を買いに行った帰りだったんです」
私「え?」
榊「仮にその呪いや、呪いを跳ね返すお守りなんてものがあれば、そもそも事故になんて遭っていないはずなんです」
私「お守りを持っていたから軽傷で済んだという考え方も出来ますけど…」
榊「ふふっ確かにそうですね。でもその交通事故以外の事故は、例年起こる程度のものなので今年に限って急に呪いのせいだと言われても、どうにも真剣に取り合う気にはなれないんです」
私「まぁ常識的に考えればそうですよね。私は全てが偶然にしては出来過ぎているなとは感じますが
正直、呪いが実在するとも思えないです」
榊「半信半疑って感覚ですよね。他の先生方もそんな感じです」
私「あ、呪いの話で気を取られてましたが、依頼の「助けて欲しい」とは何なんでしょう?」
榊「犯人を罰して欲しいんです」



私「犯人、ですか?」
榊「はい」
私「でも、不特定多数の間で流行ってるおまじないとか呪いなんですよね?事件ではないんじゃ…」
榊「居るじゃなんですか、おまじないが流行る事で1人だけ徳をしている人が」
私「…神社の、神主ですか?」
榊「そうです。お守りが売れる事で金銭的に徳をしている唯一の人物です」
私「まぁ確かにそうですね。でも犯人が分かっているなら、ご自身で通報はしないんですか?」
榊「勿論そうするべきだと思うんですが、私は一応公務員ですので、学校の許可なく近隣住人と揉め事になるよう行動をしてもしバレれば解雇されます。
それだと精々匿名の通報程度しか出来ないですが、こんな胡散臭い話を更に匿名で通報して信用して貰えるとは思えません」
私「確かにそうですね」
榊「それでこちらには面白依頼を掲載するコーナーがあると聞いて、そこで取り上げて頂ければ、はっきり犯人と名指ししなくても怪しんでくれる人が現れるんじゃないかと思うんです!」
私「そんなやり方で良いんですか?」
榊「はい。警察に捕まるとまでいかなくても、神主がお守りを売るために仕組んだ嘘だと分かれば
この集団ヒステリーは収まるでしょう?そうなれば私の抱えている問題は解決するので」
私「まぁそれなら、学校の先生からの依頼として掲載する事は出来ますけど…」
榊「本当ですか⁉︎よろしくお願いします」

こうして私は、初めて自らの意思ではなく依頼によって記事を投稿する事になった。

希望ヶ峰神社見取り図
参考にしたオカルトサイト
おまじないの方法
霊道についての記事

2章

私はこの探偵事務所の所長である小室さんに許可を取り、榊先生の依頼通り、あの神社と流行しているおまじないについての記事を投稿した。



小室「例の記事はどうなった?」
私 「まずオカルト系の掲示板で話題になって、その後SNSに転載されて
「神主怪し過ぎ」「いやこれ犯人神主しか居なくね?」などの書き込みがありました」
小室「まぁ狙い通りだな」
私 「『おまじない』をした生徒達が一種の洗脳状態にあると指摘する自称心理学者とかも現れ始めたので
このおまじないを信じる方が馬鹿馬鹿しいという印象が強くなったと思います」
小室「依頼人はなんて言ってるんだ?」
私 「それが、記事を投稿した事を知らせたんですが、何の返信もないんです」
小室「初めからここに掲載している記事は全て無料と言ってるんだし、そんなもんだろ」
私 「そうなんですけど、別に私も大仰に感謝して欲しい訳じゃないですけど、一言も返信がないのは不思議で…」
小室「考えられるのは、この『おまじない』が流行していたことが保護者にも知れ渡って、学校側の対応が悪いと揉めてるとかかな」
私 「確かにそれはあり得ますね。イジメを助長しかねないのに、榊先生はあまり問題視してなかったですからね」

私は不信感を抱きながらも、そんな憶測で無理矢理自分を納得させた。



記事を載せてから2日が経ち、結局未だに榊先生からの連絡はないままだ。

いつものように出勤すると、小室さんが私に掴みかかる勢いで近付いてきた
小室「ニュース見たか?」
私 「はい?何のですか?」
小室「希望ヶ峰神社のだよ」
私はてっきり神主が捕まったのかと思い、PCの電源を入れる時間も惜しいので、スマホで希望ヶ峰神社と検索した

神社の火災の記事


私 「え、全部燃えちゃったんですか?」
小室「そうみたいだ」
私 「神主も亡くなったんですね…」
小室「あぁ」
私 「あの、榊先生に連絡取りますね!これは流石に予想しなかったので記事の事とか相談しないと…」
小室「その事なんだが、俺も流石に連絡するべきと思って、希望ヶ峰中に連絡したんだが
『榊』という教師は居ないそうだ」
私 「え?」



あれから1ヶ月が経とうとしているが、ネット上では怪しげなおまじないが流行った神社の顛末を揶揄う記事や投稿が相次いだ。

小室「希望ヶ峰神社の件、まだ落ち着いてないんだな」
私 「はい。実際神社が燃えてから近くで交通事故が多発して、神主の呪いと噂になってます」
小室「そうか…」
私 「結局榊先生…榊の名乗る人物の狙いは何だったんでしょう?」
小室「君はこの件の犯人は誰だと考えて居る?」
私 「え?榊先生じゃないんですか?」
小室「俺はあくまでも犯人は『おまじない』を広めた人物だと思っている。それは榊先生ではない」
私 「じゃあ誰なんですか?」
小室「誰かは分からないけれど、この犯人の目的は『神社の焼失』だったんだと思う」
私 「焼失?」
小室「あの『おまじない』のやり方、縁を切り人間の名前を書いた人型の紙の首を千切り、頭部に火を付け自分の影の上に落とす。だったよな?」
私 「はい」
小室「SNSでこの♯首切りの儀式と投稿している人達の人型を見ると、和紙のように薄い紙で行われているんだ。
こんな薄い紙、風で飛ぶだろ?そしてこの儀式は『失敗』することがあるらしい。上手く自分の影の上に落ちない事が『失敗』なんじゃないか?」
私 「確かに、他に失敗しそうな工程はないですね」
小室「そして、呪いの儀式を行う時に、本気であればある程、他人には見られたくないものだろ?
恐らく生徒達は、神社の森の中でこっそり行ったはずだ。この風で飛びやすそうな薄い紙に火を付けてね」
私 「じゃあその火が引火して神社を燃やすために?」
小室「放火にしては成功率は低いだろうけど、おまじないが流行して一日に何十人もが神社で紙を燃やせば、いつかは成功するかもしれない」
私 「そしてついに成功した…という事ですか」

小室さんは何も言わず、小さく頷いた

小室「榊先生の狙いは「集団幻覚を止めること」つまり、呪いの存在をない事にしたい訳だ。
神社を燃やそうとしている犯人とは敵対していた人物だろう」
私 「じゃあ、別の人物が、何らかの目的で神社を燃やす事を計画し、おまじないの噂を広めたんですね
でも神社を燃やしてどうするんでしょう?神社って国の管理ですよね?どうせすぐ新しいものが建てられますよね?」
小室「いや、それがあの希望ヶ峰神社、国が管理してるものではなかったよ。そして厳密には神社ではないそうなんだ」
私 「え⁉︎」
小室「あれから僕なりに調べたんだが、あの神社かなり変わっていてるんだ」
私 「変わっている?」
小室「君が最初に投稿した検索サイトにも載っているけど、本来神社というのは何かしらの「神」を祀るためのものなんだ。
でもあの神社は何の神も祀られていないんだ。
そしてもう一つおかしいのは、神社そのものの造りだ。この神社には鳥居が向かい合わせに2個あるんだ。
鳥居というのは本来神域への門や、神社に不浄なものが入ってこないようにする結界の役割なのに向かい合わせに2個設置するのは不自然だ」
私 「それじゃまるで通り道みたいですよね」
小室「そうなんだ。だからあの神社の役割は霊道だったんじゃないかと思う」
私 「霊道って、幽霊の通り道ですよね?ポルターガイストが起こったりする…」
小室「あぁ。より正確には神や鬼の通り道らしい」
私 「じゃああの神社は霊道を塞いでいたという事ですか?」
小室「僕も詳しい訳じゃないけれど、塞ぐつもりなら出入口ではなく入口だけでいいはずだろ?
これは憶測だが、あの神社は霊道を通ってくる不浄なものを浄化する役割だったんじゃないか?」
私 「浄化ですか」
小室「例えば、片方の鳥居から入ったものを、浄化して、もう片方の鳥居から出す
あの街に入る不浄なものを防ぐ役割があの神社にはあったんじゃないか?」
私 「え、だとすると無くなったらかなりまずいですよね?」
小室「近隣で多発している交通事故が、偶然ではないのかもしれない…」



私 「結局、神社を燃やし、なくなるように仕向けたのは何者だったんでしょう」
小室「何者かは分からないけれど、犯人も目的は小さな不幸を薄める為に大きな不幸を望んだんだと思う」
私 「不幸を望む?どういう事ですか?」
小室「そうだな、例えば『寝坊して遅刻した。でも怒られるの嫌だから会社火事にならないかなー』とかかな」
私 「あぁ、確かにそういうのはありますね。『宿題忘れたから台風が来て学校休みにならないかな』とか」
小室「その思考に共通して言えるのは、根本の問題である『小さな不幸』を解決しなければ『大きな不幸』が起きたところで何の解決にもならない。それどころか状況は悪化するんだ。
犯人はきっと、自身に起きている小さな、いや本人にとっては大きな問題なんだろうけど、その個人的な問題から逃れるために
あの街全体に不幸が訪れる事を望んだんじゃないかな」
私 「神社に恨みという訳ではないんですね」
小室「それにしては回りくどいだろう。あのサイトを見て、おまじないを見付けて、それを流用したんだろう」
私 「じゃあ…犯人は子供という可能性もありますよね」
小室「あぁ。おまじないや呪いって、子供の方が怖がる印象があるけど、実際は大人の方が恐れる事が多いと思うんだ。失うものが多いからね。
それにこんな恐ろしい事を出来るのは、無邪気さ故のように感じる」
私 「あの街は、どうなってしまうんでしょう」
小室「これが全部間違いで、僕達の妄想で終わって欲しいと願うよ」

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