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無題1

記憶はできるかぎり鮮明に、じっと頭の中で繰り返して焼き付けるのだと聞いたことがある。
私はあまり記憶することが得意ではない。正確には昔の思い出を鮮明に思い出すことが難しい。
だからいつまでも鮮明に思い出せる彼女をとても羨ましく思ったことだけを強く覚えている。

今日は雨の道を川まで歩いてみることにした。
予報がどうだったかは知らないけれど、仕事を終え帰宅の途中にぱらつき始めた雨は散歩をしようと決めたときにはそこそこ強い雨に変わっていて、ただ一度散歩をすると決めた手前、誰に行ったわけでもないけど引き下がれない私は雨の中お気に入りの折り畳み傘を片手に家を出た。
川までの道は駅に沿って続いていて、耳に着けたイヤホンから流れる音楽を雨音とすぐそばで雨を弾き飛ばして進む車の走行音がかき消していった。
傘をさしている人は少なく、みな予想外の雨に打たれる形でパーカーのフードやタオルで雨を凌ぎながら、帰路を急いでいた。
その道の逆を進みながら、すれ違う人たちについて考えたことを少しでも記憶に留めておけたらいいのにと思ったことだけしか、今覚えていない。
気付かないうちに雨はどんどん強くなって、靴下にサンダルを履いた足が徐々に湿ってくるのを感じた。
それでもかまわず進み続けて、別に何があるわけでもない川までの道を歩いた。
途中雨具のフードを被った男と目が合った。夜道にじっと知らない他人と目が合うのは結構怖かった。
川に着いたとき、以前住んでいた大阪の川のことを思い出した。
川縁はどこも似たようにコンクリートで舗装されているのかもしれない。と思った。

帰り道になると、もはや土砂降りになっていて、靴下だけじゃなくズボンの裾までぐっしょりと濡れて、不快感が強くなってきた。
それでももはや進み続けるしかないので、あまり前が見えない状態で傘をさして歩いた。自転車が横を通り過ぎることに直前になってしか気づかないことが何度かあった。
顔を上げてしっかり前を見たのは、たまたま信号が赤になった時だった。
止まっている車やバイクのヘッドライトが地面の雨と降る雨に反射して金色や銀色の柱に見えた。もしかした今日はこれを見るためにこの雨の中を散歩したのかもしれないと思った。
変わらず雨音と走行音は自分の好きな音楽をかき消していくけれども、雨に濡れた足はどんどん重くなって寒くなってくるほどだったけど、散歩に出てよかったと思いながら、残りの道を歩いた。

今日のことも多分数日したら忘れてしまう記憶だと思う。
私の記憶はすぐになくなってしまう。でも今日ここに書けて良かった。
こうして書いて噛みしめることが、いつか本当に大切な記憶を大切にとどめておくために必要なことかもしれないと思った。

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