料理人の目で珈琲と向き合う地域密着型の珈琲焙煎所「東町珈琲焙煎所+C」
福岡県田川市にある東町珈琲焙煎所+C。2017年3月にお店をスタートされた店主の御厨さんの意外な経歴やコーヒーにかける思い、地域のお客さんを大切にするために考えていることについてお話を聞いてみました。
フランス料理の料理人が焙煎所を開くまで
ー焙煎所を開こうと思われたきっかけを教えてください。
「もともとフランス料理を17年間してたんです。洋食はワインを一緒に飲むことが多いからワインが好きだったんですが、お酒を控えたタイミングで同じようなものはないかなと思っていて。当時2010年くらいは第3次コーヒーブーム(サードウェーブ)の時期でした。コーヒーもワインと似たような味の表現方法、その土地を生かした世界中のチェリーを使う所が面白くて少しずつコーヒーにはまっていきました。直方にあるこのみ珈琲さんで初めてスペシャルティコーヒーというものを知って通うようになりました。私は勝手に師匠だと思って色々聞いて、このみ珈琲さんも親切に教えてくれたんです。
飲食店をやるんだったらコース料理のお店が良いかなと考えていましたが、当時高級なレストランで食事をしても印象に残る食後のコーヒーに出会っていないなと感じていました。そこで「料理の最後に出すコーヒー」をやってみたいと思ったのがお店を開いたきっかけです。今は飲食店への卸よりも一般の人に買っていただく方が断然多いんですけどね。お店を出すなら場所は地元がいいなと思って。私が隣町の香春、妻がこの近所出身。住んでる場所からも近くてイメージに合うテナントを探して、ここにお店を開きました。」
ワインとコーヒーの違い 味の表現方法とは
ー実際にお店をされて、コーヒーとワインとは似ていると思いますか?
「やればやるほど違うと思いますね。コーヒーは種から作られるけど、ワインは種の周りの実の部分からできているし。ワインは安いものから高級なものまであって、年数、香り、丸さ、アルコールの落ち着き方などで表現される。コーヒーの奥深さをもっと知ってもらうためには、ワインのような表現方法もあったんだと思います。
これはフレーバーホイールと言って、ワインに似た表現方法で味の系統ごとに色分けされています。下の野菜系やカビ、ゴムみたいな味はマイナス評価になるんですよね。
これはフレーバーツリーと言います。こんな感じで少しずつワインの表現方法を吸収しながら、コーヒー独自の表現方法に変わっていったと考えると分かりやすいかな。」
東町珈琲焙煎所+Cの「+C」の意味
ーお店の名前の最後にある「+C」の意味は何ですか?
「元々は料理をしてたから、フランス語のcuisine(料理)とかcuisinier(料理人)のC。店内イートインもあるからcafe、cake のC。カレーもあるからcurryのC。全部頭文字がCだから、+Cを付けました。本当は全部漢字にしたかったけど、見た目的な重さもあるし、ちょっと外したかったんです。」
全てはコーヒーをおいしく気持ちよく飲んでいただくために
ー焙煎の工程を教えてください。
「コーヒー豆を仕入れたら、焙煎する前に目でチェックしてハンドピックをします。
国によって違うけど、虫食い豆とか異物が入ってることがあるんです。割れてたり中身が抜けてたり、時には青カビが生えてることもある。スペシャルティーコーヒーは一定以上の基準を満たしているので状態の悪い豆や異物が少ないとは言われていますが、やっぱり人の仕事だから混ざってしまうことがある。たまに、石が入ってたりもするんですよ。」
ーそんな異物まで…。
「しっかり見てないと、焙煎後に豆と同じように色が黒くなって分かりにくいこともあるんです。逆に膨らんだり焼き加減が違ったりして焼くことによって分かりやすくなるものもあります。だから焼いた後もハンドピックします。お店によってはハンドピックしないところもあれば、焙煎前後のどちらか1回のところもあるし正解はないと思っています。」
ー手間をかけて大変なハンドピックを2回するのはなぜですか?
「異物が残ってしまうと、ミルで挽いた時に歯が欠けてしまうことがあるんです。お店のミルの刃が欠けても新しいのを買えば良い。でも買ってくれたお客さんが家でミルで挽いて、刃が欠けちゃったら嫌ですよね。それ以外にも、異物や虫食い豆が混入してしまうと抽出した後に風味や香りに影響があると思っています。いくら良質な豆でもそれは同じかなと。やっぱり気持ちよくおいしく飲んでもらいたいから、大変だけど豆を焙煎する前後で2回ハンドピックしてますね。」
焙煎に対する料理人の視点
ーお店によっては焙煎された豆を他店から仕入れている所もありますよね。ご自分で焙煎からされる理由はなんですか?
「イタリアンのシェフで有名な山田宏巳さんがよく著書の中で「料理って水分を抜くことだよ」って言っていて。『料理の工程は水分をいかに抜いて、水分をいかにバランスよく残すかだ』と当時私も水分量のことを考えながら調理していました。コーヒー豆の焙煎でもその考えは生かされていると思います。だから私は火を通して水分を抜く焙煎からやっているんです。
焙煎機にも直火式、半熱風式、熱風式の3種類あるんです。
うちにあるのは直火式です。選んだ理由は2つあって、1つはこのみ珈琲さんと同じものだから。もう1つは1番料理に近いなと思うからです。」
料理人の父の存在
ーなぜ料理人を目指されたんですか?
「父がずっとフレンチのシェフをやっていたからですね。昔の料理人はSNSとか無い時代だから、 本を読むか自分で食事に行って得た知識をノートに書くことで勉強していたんですよね。父もそうしていて、小さい頃から「俺の財産はこれ(本や知識の書かれたノート)だ」っていう話を酔っぱらった時にしてくれてたんです。いつも酔っ払ってましたけど(笑)。
高校卒業してすぐは、手に職をつけたいと思って現場仕事をしていたんですが色々と合わなくて半年ほどで辞めたんです。そこで親孝行を考えた時に、そう言う父親の姿を思い出して、同じ仕事に就くと喜ぶんじゃないかなと思ったのがきっかけですね。料理はやってみると知らないことばかりで楽しかったです。働いていたレストランのシェフが作るフランス料理が綺麗に飾られていくのを見て、これがこうなるのかっていう素材の変化に興味が自然と出てきましたね。」
とにかく体験することが1番の学び
ー料理を学ばれたのは、福岡のお店ですか?
「福智町にあるビストロみな川というお店です。最初から辞めるまで17年、ずっとそこで働いていました。父が料理人ですが、家庭科の調理実習くらいしか料理をしたことがなかったんです。そんなゼロからの私がたくさんのことを学び、経験させてもらえたビストロみな川に関わる方たちには感謝しています。
当時は若かったというのもあって、とにかくよそのレストランに食べに行って学ぶことが多かったです。きっちりしたレストランに1人で行って『チャラチャラしたガキ来たな』とか思われてたと思うんですよ(笑)。でもあのころはもう体験することが1番の学びだから。」
ーとても良い言葉ですね。
「数をこなしていくことだけ。お金はないけど、少しでも有名なレストランに行って食事する、お酒を飲むとか。だって食べてみないと分からないですからね。当時は動画がないし、あとは本で勉強するしかないから。オーナーシェフと東京や大阪のお店に食べに行ったりもしていましたね。今その引き出し使ってるかって言われると使ってないと思うし、もうだいぶ記憶の隅っこにやってて覚えてない味ばかりですけど経験値になりましたね。」
ー自分の気づかないところで活かされているんだと思います。
地域の魅力は「人」
ー田川や筑豊の地域の魅力って何だと思いますか?
「それが田川は住んでる側からすると日常過ぎて難しいんですよね。石炭資料館に行くくらいしか思いつかない。もちろん地元が大好きなんですけどね。逆に外から来た人の方がよく魅力に気付いてくれるかもしれません。何か聞くとすぐに教えてくれるとか『筑豊の人って、良い人多いよね』という話はよく聞きますね。都会と比べて、田舎ってそういう所が良いって思うのかな。困ってる人に手を差し伸べたい人情味あふれた人が多いからかなとも思うけど。」
ー筆者も筑豊に住んで3年ですが、優しい人やさっぱりした気持ちの良い性格の人が多いなと思います。
地域のお客さんを大切にすためにも、SNSでの集客はバランスが大事
ーInstagramのフォロワーさんもたくさんいらっしゃいますね。(2023/6/29時点で1653人)
「SNSで発信することや、それでお客さんが増えてくれるのは大事なことだと思います。おいしいと思ってもらうためには来てもらわないといけないから、きっかけ作りの写真、SNSは大切ですよね。でもSNS目的だけの映えやフォトジェニック大好きな人たちは、やっぱり新商品を出さないと来なくなると感じてる部分もあって。少数ですが、マナーの面でも他のお客さんがいても平気で物を動かして写真撮ろうとしたりと、気になることもあります。
そういう人がいるとお客さんの種類が変わっちゃうんですよね。コーヒーが好きでコーヒー豆を買いに来てる近所のおばちゃん、おじちゃんたちがSNSにあげることだけが目的の人が多くなると、入りにくくなってしまう。やっぱり地元密着が1番大事だから、地元の人が来にくいお店にならないようにSNSを使うバランスは大事かなとは思います。」
とことんお店と向き合うからこそ、好評価も低評価も必要
ーGoogleの口コミも好評価が多いですね。
「私は良い評価より悪い評価があった方が判断基準としては良いと思いますね。褒めることは簡単だけど、けなすことってなかなかしない。それでもきちんと言葉で表現してくれる人が増えるお店って伸びやすいのかなと。いわゆる否定したいだけの人も一定数いるけど、こういう所が好きで、こういう所は私には合いませんでしたってきちんと書いてくれる人もいる。どちらの評価もあった方が、トータルで見たときに、合うかもしれないと感じやすいと思うんです。良い評価ばっかりだと絶対忖度あるよねって私は思っちゃうんですよ。だから多少のマイナス評価も大事だし、必要だと僕は思います。」
ーそれだけ真剣にお店と向き合われているということですね。
丁寧な接客があるからこそお客さんがおいしいと思ってくれる
ー最後に、既にとても魅力的だと思いますが今後目指すお店像などはありますか?
「ほとんどの人はその空間に入った状況や、その時の感情で味が全然違って感じるんですよね。一緒に飲みたくない人と飲んだ時のビールは苦いっていうのと一緒で。作り手はおいしいから食べてみてほしいと思っていますが、それはお客さん次第。おいしいと思える状態にお客さんの感情を整えてくれるのが接客なんだと思います。雰囲気やトータルで1つのお店が出来上がるわけであって。それが出来ているお店って素晴らしいし、お客さんも多いんだと思います。そんなお店にしていきたいですね。」
ー以前筆者がコーヒーを買いに来た時も、とても丁寧に接してくださいました。その接客のベースにある考え方を知ることができ感動です。
筆者が大好きなお店でもある「東町珈琲焙煎所+ C」。そこには料理人の視点でストイックに、まっすぐにコーヒーと地域と向き合う御厨さんの姿がありました。お話を聞いていて何度もその思いに胸がいっぱいになりました。今回は貴重なお時間をいただき本当にありがとうございました。
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