夜盲
人の数だけ夜がある。
ある人にとって賑やかで楽しい夜もあれば、違うある人にとっては寂しさを耐えるだけの夜もある。
なら、今の僕の夜はなんだろう。
静けさが灯る室内、君の顔は見えない。
「これだから、夜は嫌いなんだ」
溜息のように呟いた言葉を聞いていたのか、穏やかな気配がこちらを向いていた。
「どうしたの?」
静かに揺れる声が聞こえて、優しさと不安が胸に満ちた。
夜は君を隠してしまう。
凛と咲く君の笑顔も、温もりをくれる掌も、
安心をくれるものが見えない。
「大丈夫、私はここに居るよ。」
その言葉だけで安心できたのに、何も見えなくても、それだけが光だったのに。
夜は、僕の思いを連れ去って、ただひとつだけを残そうとする。
ただ声を聴いていたい、ただ手を触れていたい、ただ、そばにいたい。
意識とは裏腹に漏れだした思いは、暗闇に溶け、鈍くて重たい感情が室内を満たした後、なによりも大切なはずの君を隠してしまった。
「どこまでも綺麗な君を愛してるのは、どこまでも汚いままな僕なんだ」
惨めなまでに震えた僕の声は、暗い部屋に消えてなくなる。
君の事を愛しく思うほど、僕の心は汚れていく気がして、君の顔がどんどん見えなくなってしまう。
長い夜はまだ明けることは無い、僕らの声も、想いも、何もかも、暗くて深い夜に包まれて離れない。
「明けない夜はないって言うけれど、明けた朝が明るいなんて、誰が言ったのでしょうね」
その声は優しかった、眩しくは無い、けれど、明るい。
「僕は君を愛すために生きているんだ、僕が生きる意味なんてそれだけで十分だよ。」
気配の先に手を伸ばした、指先が頬に触れた、暖かった。
「月は、その輝きを自らは見せない、太陽がいて初めて夜を照らす明かりになれる、僕も同じだ、僕だけじゃ何も出来ない、君が居ないと僕は僕じゃ居られない。」
迂闊にも内から溢れ出た言葉は酷く弱々しくて、何にもなれない証明をしたみたいだった。
君の声が聞きたかった、ただ愛されたかった、離れることはないと分かっているはずなのに、思いは止められず涙となってついに現れた。
「君の声は宝物だ、誰にも奪われちゃいけない。」
気づくと声が震えていた、惨めな姿だった、1番見せたくない姿だったはずなのに、思いは酷く厄介だった。
「あなたの笑顔は月明かりです、陽の光に照らされ疲れた旅人をそっと癒す明かり。」
「ほら、もう、夜が空けます。」
白み出した空は澄んでいた、不思議と不安は胸から居なくなっていた。
夜のうちに溢れた思いは、星と共にどこかへ消えていて、ありふれた希望だけがそこにいた。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?