例えば、そこに眠る花があるとして。
かつて、道端でひっそりと眠る小さな花を見た。
それは誰にも気づかれないように、穏やかに薄く揺れて咲いている。
取り留めもない記憶の小さな欠片が、胸に刺さり抜けない棘のようになって、かつて見た景色が、いつまでも忘れられずにいた。
花は、眠るように静かに咲いていた。
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僕の街は、お世辞にも栄えているとは言えなくて、時代にとり残されたような淋しさを滲ませる街だった。
都市部の再開発の煽りを受け、若者や観光地はみなこの地を離れていった。
学生たちは皆一様にこの土地から離れることを考え、この街に住むものは年寄りか志半ばで倒れ諦めたかつての夢追い人か、夢もなくただ日々を食い潰す人間のどれかだった。
例に漏れず僕もまた、かつては夢を抱えこの街から飛び出し、諦めた人間だった。
大嫌いだった、何もないこの街も、何も持っていない自分も、全部。
「嫌気が差すくらい変わらないな、ここは……」
かつての通学路を歩いた、目を瞑っていても歩けたその場所は、今はやけに細く、狭く感じた。
「俺は将来、世界で読まれる作家になるんだ、いつくもの国の言葉で翻訳されて、地球の反対側の人が涙を流すくらい、みんなの心に届く物語を作るんだ。」
諦めや後悔を抱えた今の自分と、憧れと希望を抱えたかつての自分がすれ違ったような気がして胸の奥が締め付けられるような想いがした。
思い出から逃げるように、裏道に入った時、ふと思い出した、通学路とは逸れるその道は、かつての秘密基地に繋がる細い道。
道を歩いていくと、高架下に辿り着いた、思い出と後悔が入り交じったその場所は、今は駐車場になっていた。
「ここは……さすがに変わっちゃったか……」
苦い思い出が埋め立てられた安堵感と、思い出すとむず痒くなるような苦笑の記憶が押し寄せてくる。
「……ごめんね、僕の物語は届かなかったよ」
誰にも聞かれない独白を1人呟く、空は少し曇り、今にも泣きそうな表情をしていた。
しばらくその場に座り込み、思い出の海を泳いだ、
目を閉じて聞こえるその場所の騒音は、あの日と変わらなかった。
「…じゃあ、私が最初の読者になってあげる、つまんないのは書かないでよね」
ふと声が聞こえた気がして、はっとなり目を開けた、もう随分と忘れていたその声が、突然聞こえたような気がした。
「そっか……約束したもんな……」
その人は、花が好きだと言っていた、はつらつとした印象に見合わないような、静かに咲くその花を。
僕の下手くそな文章を、笑わずに最後まで読んでくれた、本を読むのが苦手くせに、眉間に皺を寄せて変な顔で、真剣に。
忘れていた感情を1つ、思い出した、届けたいその人の顔を今、思い浮かべる。
「また来るよ、今度は世界で読まれる作家になって。」
夢を無くした今の僕に、また出来るだろうか、
先は見えない、けど、あの変な顔をまた、見てみたくなった。
来た道を戻る時、視界の端に眠るように咲くその花を見つけたが、そのまま立ち去る事にした。
帰ったらまた、物語を書こうと思う、世界中に読まれるような、地球の反対側の人を泣かせることが出来るくらい、みんなの心に届く物語を。
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