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【創作短編小説】不器用な先輩と、不器用な後輩。

秋から冬への移り変わり。だんだん肌寒くなっていくこの季節が、うちの会社は1番忙しい。今日はまだ自分の作業に取り掛かれておらず、タスクを消化出来ていないままだ。
『吉田さん。調べといてって言ってたやつ。どんな調子?』
中島先輩だ。身長は20代男性の平均くらいだが体型はスリムで、いつも清潔感のあるスーツを着ている。普段は余り笑顔を見せることが少なく、真面目な人だ。
『まだ調べられてなくて。』
『......そっか。』
中島先輩はそれ以上、私に何も言う事もなく、自分の仕事に戻って行った。
その日は他の案件の業務にほとんどの時間を費やし、クリスマスの最近のトレンドを調べ終える頃には夜遅くなってしまっていた。調査内容を中島先輩に伝えようとGoogleChatで連絡すると、すぐに既読が付いたが、返信ではなく私の席にやってきた。
『まずは連絡ありがとう。だけど対応が遅くなるなら先に一声かけておかなきゃ』
私が連絡するのを待っていてくれたのかな。それなら申し訳ないことをしてしまった。
『すいません、報告が遅くなってしまって。』
『......無理にとは言わないけど。ま、明日からよろしくね。』
『はい。よろしくお願いします。』
やっぱり苦手だな。中島先輩。キツくは言ってこないけど基本的には厳しくて。
入社3年目でやっと任せてもらえた大きな案件。クリスマスイベントの企画を中島先輩と私で運用していくことになっていた。

翌日から、本格的にクリスマスイベントの企画が始まったが、そこに待っていたのは厳しい現実だった。
『それって営業部の人には確認した?』
『面白いノベルティのアイディアだけど、それじゃ採算合わないよ。』
『この企画はどの層をターゲットにしてる?吉田さんはこの企画で誰を喜ばせたいの』
『面白いアイディアを考えるだけじゃダメなんだよ。スケジュール的にも問題なくて、予算にも見合ってて、それでいて実現可能で。この制約をクリアしてなおかつ面白いアイディアを考えないと』
中島先輩からはクリスマスイベント企画の骨子となる部分は考えてみて、と言われていた。ただアイディアを出すだけではなく実行に落とし込むまでのことを考えるのが、こんなに大変だとは思っていなかった。自分なりに面白い企画を考えているつもりなのに、中島先輩からはダメ出しばかり。だけど中島先輩の言っていることが、的を得ているのは確かだった。

イベント当日まで1ヶ月を切った。それなのに企画はまだ決まっていない。そろそろ準備を始めないと間に合わなくなってしまう。もう、中島先輩が考えた企画で進めてくれないかなと思い、思い切って進言してみた。
『......吉田さんはなんで、この会社に入社したんだっけ?』
中島先輩が静かに私に問いかける。昔から場を仕切るのが得意だった。小学生の時は、男子よりも先にドッジボールの準備をしていたし、高校の友達と合うときは大抵、私が予定を組んでいる。自然とグループの中心に居ることが多かった私は、天職かもと思ってイベント企画の会社に入社したのだったが、最近の自分自身の要領の悪さにほとほと嫌気が差していた。
『企画するのとか予定を組むのが得意だと思ってたんです。でも仕事でやっていくにはダメみたいですね......』
『そんなことはないと思うんだけどなぁ。ほんとに僕だけで考えた企画で進めちゃっていいの?』
『はい。大丈夫です。』
そう答えた私を見て、中島先輩は少し寂しそうな顔をしていた。何とか成果を出したいとは思うけど、会社や先輩の迷惑になるのは嫌だった。

その日からクリスマスイベント企画の実行準備が始まっていった。中島先輩の考えた企画は確かにスケジュールも予算も完璧だったけど、私の中では何か一つ物足りない感じがしていた。だけど、これ以上何も言う事は出来ないし、大人しく中島先輩の指示通りに業務を対応していた。そんな時、田中部長に声をかけられた。
『吉田君。ちょっと話したいことがあるんだが、いいかね。』
田中部長は私と中島先輩の所属している企画部の部長だ。中島先輩とは対照的で小太り体型、今日は茶色のストライプのスーツを着ている。
『わかりました。すぐ行きます。』
田中部長と会議室に入った。ここの会議室の椅子は他の椅子と比べて硬い。長時間打ち合わせをする時は腰が痛くなってきたりするものだ。田中部長の話が腰が痛くなる前までには終わると良いな。そんなことを考えていた時、単刀直入に田中部長が話を切り出してきた。
『どう最近。クリスマスイベントの方は順調かい?』
『今、中島先輩に考えていただいた企画の準備に入っていて、スケジュールは順調なのでこのままいけば間に合うかと思います。』
『中島が考えた企画?吉田君は何か、意見はしなかったのかね。』
私は、この数週間の仕事ぶりを田中部長に話した。企画を考えてみたけど、満足のいく内容に至れず、最終的には中島先輩のアイディアで企画を進めていること。
『私、なんでこんな大きな企画のメンバーに選ばれたんですか?中島先輩に負担をかけてしまっているのが申し訳ないです。』
田中部長は大きなため息をついて、これは本人には内緒だぞ、と前置きを置いて少し気まずそうな顔をしながら教えてくれた。
『実はね、このプロジェクトを二人でやっていきたいと提案してくれたのは、中島からなんだ。』

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『田中部長。お願いします。今度のクリスマスイベントの企画は吉田さんとやらせてください!』
『うーん、だが大丈夫か。その企画は我が社にとって売上の大きな割合を占めるイベントなんだぞ。万が一失敗されると困るんだがな』
『吉田さんの企画力はピカイチです。あとは予算やスケジュール調整など、どうやって企画実行まで落とし込めるか学べば、今後うちにとっていい人材になってくれるはずです。それに今回のイベントも良い企画を考えてくれますよ!』
『分かった分かった。よし、それじゃ今後のクリスマスイベントは中島と吉田君に任せるよ。』
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田中部長から、中島先輩の思いを聞かされハッと今までのことを思い返していた。今まで私に言ってくれていたのは、重要なアドバイスだったんだ。
『でも、私には少しも期待をしてる素振りなんか......』
『ははは。あいつは相当に不器用な男だからな。期待している事とか、知られるのが恥ずかしいんだろう。』
なるほど。そう考えると今まで苦手だと感じていた中島先輩が可愛く見えてきた。
『ありがとうございます。田中部長!私、これからはもっと頑張ってみます』
『うむ、よろしく頼むよ』

それから、私はすぐに企画の改善提案を、資料にまとめ始めた。今まで中島先輩に言っていただいたことを一言一句思い出しながら。夜遅くになってしまったが、資料をまとめ終えると、すぐに中島先輩の元に駆けつけ、今の企画の改善提案について話し出した。中島先輩は闘牛のように話す私を見て最初は驚いていたが、話が進むにつれどんどん真面目な顔になり、真剣に企画の改善案について検討してくれていた。
『うん、それなら今よりもお客さんを楽しませることが出来るだろうし、これから準備しても間に合うね。予算もギリギリ大丈夫だ。でも、どうしたの?いきなりこんなことを言い出して。』
『夢で神様からお告げがあったんですよ!お前は期待されているから、それに応えるように頑張れって!』
それを聞いて、中島先輩は小さく微笑んだかのような表情になった。他の人なら見逃してしまうってくらい、ほんの少しだけ。それからはまた、真剣な表情に戻り、いつもと同じトーンで話し出す。
『それじゃ今から出来る準備は始めちゃおうか。』
『今からですか?もう夜遅いですよ』
『大丈夫。終電まではまだ1時間はあるよ。今日できることはやってしまおう』
『分かりました!私、今から調整が必要な方達に向けて説明資料をまとめます!』

この年のうちの会社のクリスマスイベント企画は、例年とは比較にならないほど大盛況だった。
あれから数年ー。今では企画部の主力となって、次々に仕事を任されるようになっていた。今の私があるのは、あのクリスマスイベント企画の経験があったからだ。
あの時の中島先輩の愛のあるご指導は、私にとって、かけがえのない「贈り物」として、今でも心の中に残り続けている。

こちらは「才の祭」という企画に参加した創作小説です。テーマは二人の愛、サブテーマはクリスマスと贈り物ということで、不器用だけど愛のある指導をする先輩の話を書いてみました。
小説というものを始めて書いてみたのですが、めちゃめちゃ難しかったです。稚拙な文章しか書けず、小説を書く人たちはすごいと改めて感じました。でも、小説を書くことにチャレンジ出来て良かったです。最後までお読みいただき誠にありがとうございました!

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