【本要約】石油を読む 第3版
本書について
本書は、近年注目を集める原油について解説された本です。世界各国の情勢や市場を分析して、価格乱高下の原因に迫り、日本が進む道を読み解きます。
本書が出版されたのは2017年2月15日なので、本記事に掲載する内容は2017年2月15日以前の情報となっていること、ご了承ください。
はじめに
2007年初めに1バレル=70ドル前後だった原油価格(WTI原油先物価格)は、2008年7月につけた1バレル=147ドルをピークにその後リーマンショックで急落、2009年3月に1バレル=33ドルの安値になった。OPECの減産で回復し始めた原油価格は、FRBを始めとする世界の中央銀行の量的緩和政策の影響により、2011年初頭に再び1バレル=100ドルを突破し、2014年半ばまで「高原油時代」が続いた。2014年半ばにFRBが量的緩和の縮小を始めたと市場関係者が判断すると同時に原油価格が下落し始め、11月のOPEC総会が減産を見送ると下落幅が拡大、2015年1月に1バレル=50ドル割れとなった。この事態に慌てたOPECを始めとする世界の産油国は減産に関する合意形成を開始したことから、原油価格は上昇に転じた。
このように、原油価格は乱高下しており、原油価格の水準は2007年から2014年までの8年間は平均1バレル=90ドルであったが、2015年からの2年間の平均は45ドルである。
原油価格急落の要因を原油市場の供給過剰に求める向きがあるが、この間の世界の原油市場の供給ギャップは最大で日量200万バレルに過ぎない。世界の原油生産量が日量9500万バレルであることに鑑みれば、世界の原油生産量の2%程度に過ぎない供給過剰のみでは原油価格が2014年前半に比べて3分の1になった理由にはならない。著者は「その原因は原油先物の金融商品化にある」と主張しているが、リーマンショック以降、原油価格のボラティリティが以前に比べ格段に大きくなったことがその証左ではないだろうか。
日本では2014年後半からの原油価格下落を歓迎する声が多かったが、著者は当初からメリットよりもデメリットの方が大きいと主張してきた。著者は湾岸産油国への深刻なダメージが原油の安定供給に大きな支障をもたらす事態を招くのではないかと懸念していたからである。サウジアラビアに一朝事があれば、戦後の日本経済を支えてきた原油の安定供給体制が最大の危機を迎えることになる。文字通りの「油断」である。
※原油先物価格は2017年以降、2021年5月までは平均で1バレル=平均50~60ドルくらいで推移していたが、そこからはコロナショックやロシアウクライナの地政学リスクにより、2022年3月時点で高値130ドルをつけた。
参考サイト
・原油についての基礎知識を過去に記事でまとめてます
第1章 原油価格はどこに向かうのか
低価格を招いた理由
現在の原油価格は金融商品化した先物価格によって決まっているが、この構図が成立するようになったのは1980年代に原油先物市場が創設されてからである。1970年代の石油危機により高値となった原油価格の変動率が高まったことから、業界関係者の間では価格下落に対するヘッジ需要が高まっていた。これを受けてロンドン国際石油取引所(IPE)に北海ブレンド原油の先物市場が、NYマーカンタイル取引所(NYMEX)にWTI原油市場が創設された。
WTIを例に挙げれば、実際の原油の1日当たりの取引量は日量50万バレルに過ぎないが、先物市場では約10億バレル規模の取引が成立している。先物市場はボラティリティが高く、ひょっとして原油価格が下がるのではという憶測が広がるだけで、急激な価格低下が発生する。
石油の需要がピークを迎える?
・ピークオイル論
ピークオイル論の理論的根拠は「ハバート曲線」である。約60年前の1956年、構造地質学者のキング・ハバートは、自らの理論に基づき「米国の原油生産のピークが1970年に来る」と予告したが、当時米国の石油は順調に増産中だったため、黙殺された。しかし1970年代に入り、米国の原油生産が減少し始めるとハバートに対する評価は一変し、一躍「時の人」となったのである。このピークオイル論は、在来型の原油にのみ着目し、新規の埋蔵量発見は困難であるという見方が主な根拠になっていた。
しかし、その後の原油価格の高騰により高コストでの採掘でも採算がとれるようになり技術開発も促進され、シェール革命により1.5兆バレル以上の非在来型の原油の可埋蔵量が増加した。ピークオイル論の本質的な誤りは、探鉱活動が進み「資源量」の把握を比較的正確に行うことが出来た米国での埋蔵量の推定方式を、探鉱活動がまばらで「資源量」の把握がほとんど手つかずであった世界全体に適用したことにある。
・石油需要ピーク論
米エネルギー省によれば、中国が牽引する形で途上国の原油需要が過去10年間に約50%増加したため、2013年4月の原油需要は初めて途上国が先進国を上回った。中国とインドの数十億人が豊かになり、自家用車への需要が膨れ上がるようになった現在、石油需要は増加し続けるとの見方が一般的であった。しかし、再生可能エネルギーや電気自動車などの分野で技術革新が進んでくる2030年には石油需要がピークに達し、その後は後退するとみられている。
原油は乱高下する時代へ
2016年を振り返ると、2月に原油価格が1バレル=26ドルとなったことに慌てた世界の大産油国(サウジアラビア、ベネズエラ、ロシア)は急遽カタール・ドーハで閣僚会議を行い、原油生産を過去最高に近い1月の水準で凍結することに合意した。この合意を受けて原油価格は上昇し、3月下旬に1バレル=42ドルとなった。直後にカナダで大規模な山火事が発生しオイルサンドの生産量が日量100万バレル以上減少したことから原油価格は上昇して6月上旬には一時1バレル=51ドルを突破した。カナダの山火事など突発の供給途絶事案がおさまると8月上旬に原油価格は30ドル台となった。市場関係者の間では20%の上げは強気相場、下げは弱気相場の始まりとされているが、2016年は5回以上も強気相場と弱気相場を行き来した。年内の5回以上の相場転換は原油価格が10ドル台と低迷した1988年以来の多さである。
・原油関連銘柄の株価の因果関係について調べた記事を過去に出しています。WTI原油先物と円ドル為替のそれぞれで調べてみました。
第2章 追い詰められた湾岸産油国はどう動く
財政危機から抜け出せない湾岸産油国
原油価格の低下で湾岸産油国の財政は火の車である。2016年4月の国際通貨基金(IMF)の調査によれば、産油国の原油収入は3900億ドル減少し、2016年にはさらに1500億ドル減少すると予測されている。財政の均衡に必要な原油価格について見ると、サウジアラビアは1バレル=80ドル以上、UAEは80ドル弱、クウェートは60ドル弱となっているが、実際はもっと高い原油価格が必要なのではないだろうか。
OPECは2016年11月30日、8年ぶりとなる減産で合意した。OPEC内の産油量トップ3のサウジアラビア、イラク、イランが互いの立場の違いを克服し、OPECは2014年に実質的に放棄していた生産調整機能を復活させた。サプライズ合意に関して「死んだはずのOPECが存在意義を示した」というのが大方の評価であり、原油価格も9か月ぶりの大幅高となった。
第3章 「石油神話」を斬る
国際石油市場とは
・国際石油市場とは
国際石油市場とは生産された石油の取引市場のことを単に指すのではなく、新規の油田の調査、開発から生産、取引、輸送、精製、販売、消費といった一連の流れのシステム全体のことだと著者は考えている。石油は言うまでもあなく枯渇性の化石燃料であり、世界全体で石油生産量を維持したり増産したりするためには、次々に新しい油田を発見して、開発していかなければならない。また、規模の大きな油田でも生産量を長期間維持するためには、絶えず新しい坑井を採掘して、石油を含んでいる地層の中の石油の取りこぼしを少なくしたり、石油に含まれる硫黄分などによる腐食や砂詰まりで効率が落ちた坑井や生産設備を絶えず更新しなければならない。このいわば自転車操業的性格が国際石油市場の本質を理解するための第一歩である。このように新規の油田を探査して発見し、開発し、生産能力維持のための設備のメンテナンスを行って石油を生産する事業を「石油の上流事業」という。上流事業への投資は非常に巨額であり、かつ、リスクが高い。新しい油田を発見するには、大規模な地表調査を実施した後、地下数千メートルに達する1本10億円程度の探査坑井を平均して数十本掘削して初めて、商業化出来るだけの量の埋蔵量を有する一つの新たな油田を発見することが出来る。このように上流事業は数百億から数千億円単位の巨額のリスクマネーと高度の技術力を要する事業であって、北米地域を除くと、通常は巨大な石油会社しか事業が出来ない。上流企業に対して、生産された石油をタンカーなどで輸送したり、精製して販売する事業を「石油の下流事業」という。上流と下流の接点がNYMEXなどの狭義の国際石油市場である。
・原油価格はなぜ乱高下しやすいのか
国際石油市場の変動幅が大きくなっているのは、国際石油市場の実需給動向がリアルタイムに把握できないことにある。生産量はもちろん、消費量も実態を把握するのが困難であるため、市場関係者の間では石油消費国内の在庫水準がしばしば取引材料として扱われる。原油と言う商品は、国際市場で取引され、全世界であまなく消費されているにも関わらず、リアルタイムで利用可能な実需給に関する情報がほとんど手に入らないため、国際石油市場には、致命的な情報の不完全性が生じている。それゆえ投機を呼びやすく、群集心理が発生しやすいため、原油価格は大きく変動するようになったのである。
対外的な要因に加えて原油価格はそもそも変動しやすいという性質を有している。まず国際石油市場の供給サイドに注目すると、先述した通り、石油の上流事業も下流事業も巨額投資による集積によって構成されている。生産能力の増強のためには巨額の投資が必要であり、工事期間も長い。しかし設備が完成すれば、操業費は安い。石油と言う商品は、価格が下落しても生産を減少させるインセンティブが働きにくいため、価格下落が止まらない一方で、逆に価格が上昇しても新規投資を行って生産を増加させるには時間がかかるため、価格上昇が止まらないという性質を有するのだ。次に需要面だが、原油価格が多少上がっても、経済活動や生活のインフラである自動車や飛行機は動かさなければならないし、大半の工場も他の燃料にすぐにスイッチはできない。従って需要は数か月~1年程度の短い期間ではすぐには低下しない。逆に価格が下がっても需要は急には増えない。経済学的に言えば、石油は短期的な需要の価格弾力性が極めて低いということである。その後、低価格化によって需要がようやく増大し、供給力が不足した時点で、短期需要の価格弾力性の低さから今度は価格が急騰し、再び投資がなされて生産能力が増大するまで高価格が続き、そして、再び暴落するというサイクルをたどる傾向にある。経済学の教科書にあるような価格の予定調和的な均衡の性格は弱く、むしろ大きな循環になる傾向が強いため、5~10年単位で価格の動きを平均することでしか、均衡価格を導き出すことは出来ないだろう。
OPECの終焉
1970年代の2度にわたる石油危機を背景に、それまでの世界の石油市場を支配してきたセブンシスターズの国際カルテルに代わって石油市場の主役として躍り出たのが、大手石油産出国の連合体であるOPECであった。OPECは1960年代に主要産油国が一致団結してメジャーと輸出価格に関する交渉を行おうとして結成された国際機関である。1970年代から1980年代にかけて、OPECは人々の目にはかつてない最強のカルテルとして映ったはずである。ところが、あまりにも人為的な価格引き上げの反動として原油需要が急激に減退し、これにより1886年に原油価格は暴落して、OPECの国際価格カルテルは崩壊した。「逆オイルショック」である。OPEC加盟国の中に今でも、刹那的に出来るだけ高い価格を維持すべきだと考える国もないわけではないが、サウジアラビアをはじめ埋蔵量の多い産油国の多くは、代替エネルギー開発や石油消費抑制を招く人為的な高価格政策は中長期的な観点からOPECの共通の利益に反すると考えている。OPECが現在目指しているものは、産油国および消費国が双方が満足できる安定的な価格帯の形成であって、決して1970年代の再来ではない。もちろん産油国と消費国双方が満足できる価格帯について思惑の違いはあるだろうが、それほど大きな差があるとは思えない。OPECは消費国に敵対して暴利をむさぼろうとする国際カルテル集団であるというイメージは過去の遺物に過ぎないのである。
石油の将来は危ういのか
「石油は早晩枯渇する」と過去半世紀近くにわたって言われてきた。1970年代半ばには、あと30年しか持たないと言われていた石油が、そのあと半世紀近くにわたって消費されたにも関わらず、2017年の今日も石油が産出されているのは何故だろうか。答えは「埋蔵量は時間とともに増加しているから」である。石油は、そのもともとの原料であるプランクトンなどの生命体の死骸が地中に埋まり、数百万年から数億年にかけて地熱や油田の影響を受け、化学変化して出来たものである。地層の浅いところでまず石油が生成され、さらに深く沈むと二酸化炭素になるというのが一般的な生成のプロセスである。たった数十年で石油が新たに生成されるわけではないので、時間とともに埋蔵量が増加するとは信じがたいことかもしれないが、ここで注意をしたいのは、これまで人類は地下に眠る石油が世界全体で一体どれくらいあるのかを把握したことがないのである。エクソンモービルなどの巨大石油会社が、人工衛星を利用した地質情報データ解析やスーパーコンピュータを用いた人工地震波の三次元解析などの最高レベルの科学技術を駆使して埋蔵量は悪作業の効率を向上させているが、世界全体の埋蔵量を包括的に把握できる技術は開発できていない。今後も非常に困難だろう。採算ベースに乗る油田を一つ発見するためには、平均数十本の井戸を掘る必要があり、さらに商業的採取を行うことが出来る程度の石油があるかどうかを確認するためだけに、それ以外に何本もの井戸を掘るのが通常である。要するに一つの油田を発見しその埋蔵量を把握するだけでも数百億、数千億の費用がかかるのである。大手石油会社がいくら巨大といっても多額の資金を必要とする事業を世界中で一斉にローラー作戦のように行えるはずがない。一方、従来は生産が技術的に不可能とされていた極地や深海などが技術進歩により採取可能となったので、石油探査の地域はますます拡大しており、毎年新規発見による埋蔵量の増加が消費量より多ければ、石油の「寿命」は延びていくのである。
とはいえ、石油資源の枯渇は顕在化しないと言っているわけではない。枯渇化の問題を生じさせないためにも、今後も不断の技術革新と探鉱開発投資活動が重要になってくる。埋蔵量の増加は経済行為の結果だからである。例えば石油の寿命が50年だとして、さらなる新規油田の開発や技術革新が進まなければ、現在の生産量を50年維持できない。特に非OPEC地域の生産能力は、新規の投資を辞めた直後に急激に落ち始める。そうなれば再び中東地域のシェアが急速に高まり、1970年代と同様の状況に陥ってしまうだろう。
・過去に「石油が上がれば、オケ屋が儲かる!」という書籍についても要約しています。よかったらこちらもぜひご覧ください。
第4章 新しいエネルギー戦略を目指して
「油断!」(堺屋太一氏の小説)が現実味を帯びてきた
中東の産油国による突然の原油供給削減に端を発する1970年代の2度にわたる石油危機は、日本をはじめ世界全体に大混乱とその後の大不況をもたらしたが、先進諸国への原油供給量自体は「危機」の期間中大きく減っている事実はない。何が問題であったかといえば、原油価格が大暴騰したことである。5~6年のうちに原油価格が10倍になってしまい、消費国から産油国へ大きな富の移転がなされた。なぜ原油価格が暴騰したかというと、中東産油国の供給停止という事態を前に石油消費国政府と石油業界がパニックに陥って、危機に乗じて増産をしたほかの産油国の原油に殺到したために、原油価格が必要以上に引き上げられる結果となったからである。
1970年代の2度にわたる石油危機の期間は、価格は高騰したものの一貫して原油輸入量は増加していた。しかし今後懸念される中東発の石油危機は、堺屋太一氏の小説「油断!」で予言した供給途絶という最悪のシナリオかもしれない。日本には90日分の国家石油備蓄があるため、瞬時に「油断」の事態に陥ることはないだろうが、これまでには経験したことがない異次元の混乱を引き起こしかねない。
調達ポートフォリオ、資源分散化を真剣に考える
日本は原油の大半を中東地域から輸入している。1993年中国が、そして2004年にインドが石油の純輸入国となり、領国からの原油輸入が出来なくなったことから、1998年以降、日本の中東依存度は80%を超えたままである。
中東依存の構造は日本に限らず他のアジア諸国も同様の傾向にある。アジア地域の石油埋蔵量が世界の3%に過ぎないからである。このためアジア諸国は原油の域外供給に頼らざるを得ないが、輸送距離が最も短いのが中東地域なのである。石油資源が皆無に近い日本にとって、日本と中東地域を結ぶ海上交通路はエネルギーの生命線だが、いつまでも80%以上の中東依存度でよいわけがない。調達源の多様化のためにも、日本が注目すべきなのは、ロシアの極東・シベリア地域である。ロシアからの原油輸入量のシェアは2006年時点では1%だったが、現在は1割前後に達している。原油を日本までタンカーで運ぶにはサハリンやナホトカなら3日で足りるし、途中のオホーツク海や日本海は比較的安全である。
日本に必要な地政学的思考
欧米の専門家の間でも「ロシアは2000年前後にはエネルギー資源を中心とする天然資源の輸出国として生まれ変わった」とする見方が一般的である。資源輸出国として生まれ変わったロシアは、エネルギー産業に対して、直接支配ではないにせよ、国家の統制を強める動きに出るのは当然である。プーチン大統領の在任期間は2024年まで続く可能性があり、現在のロシアはその双肩にかかっている。ロシアは、カリスマ指導者が主導する権威主義的な国家ではなく、民主主義国家の方が望ましいが、地政学的な発想ではこの点を考慮しない。地域における大国間のパワーバランスを冷徹に分析し、それに資するのであれば、権威主義的な国家とも連携するのをよしとするのである。ロシアという大国を侮ってはならないが、必要以上に警戒するのも適切ではない。現下の情勢で日本がロシアと連携することは、東アジアのパワーバランスが改善されるなどのメリットも大きい。ロシアの専門家の間では北方領土を返還し、日本と同盟を結ぶべきであると主張する論調もある。エネルギー、特に天然ガスの低廉かつ安定的供給体制を、日本がロシアとの間で確立すれば、急膨張したために「我」を失いつつある中国に対する大きなプレッシャーとなり、東アジア地域のパワーバランスが回復できるのではないだろうか。
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