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全部ジユウという幻


皆さんおはようございます。
体調がだいぶ回復したワンカラです。笑

今日は、哲学のことについて話をしていきたいと思います。

マルクスガブリエルをみて

「我思う故に我あり」
デカルトの言葉で有名な言葉ですね。

それは現代の社会において、
デカルトの言葉はそ言葉の通りには反映されないのかなって思ってます。

NHK とかでも取り上げられている、
マルクスガブリエルをみなさんはご存知ですか?

世界でも注目を浴びている哲学者です。

彼は、
現代のネット社会においての自由とは何なのか?
ネット社会が何を生み出したのか?

繰り広げられる自己完結した論理が交錯し、
ネット上で広げられるバトル、誹謗中傷。

皆それぞれが信じる正義正解を握りしめ先鋭化していく言葉の数々。。

そこには残念ながら抱かれたいはなく勝手に信じる世界が乱立し、分断は広がってるように見えます。

というガブリエル。
非常に考えさせられますね。

自分が何をしたのか?
自分が思っていることは、本当に今現在のことなのか?

例えば、
カメラの撮影は今起こっていることだけれども、実際にテレビに映し出されるのは数ヶ月先。

ということは、
今撮っているこの瞬間は今話していることだけれどもカメラのレンズを通すと未来のことに認識される。

これはメタ認知のような気もするし、
自分がどういうことを考えているのかということを考えさせられますね。

もし、
いま自分が考えていることが今起きていることではなく、
未来に関することなんだとしたら、
今自分が本当に考えるべきことは何なのか。

非常に考えさせられるテーマでした。

SNS は自由を奪う

SNS は自由を発信する場所
そう思われている方がほとんどだと思いますが、
実際のところ Facebook だったり Instagram など強力な媒体に自由を支配されている。
と考えた方が良いとガブリエルは言っているんですね。

ネットという媒体を通して、
自由というものがどんどん奪われている 。

そもそも自由とは何なのか?

私たち人間は自由です。
ところが現代の哲学、科学、テクノロジー、そして経済が人々の自由に影響を与え、自ら欲望の奴隷と化したという議論があるんですね。

自由という固定概念に囚われている。

僕も、明らかに自由という影響力がある方が言う自由に翻弄された事があるので、彼の言いたいことは何となくわかります。

自由というのはただの言葉で本来は状態を示すもののはず。

もっと自分に知識、言語、体験を増やしていかないと自由という名のSNSの波に飲まれてしまうかもしれませんね。

という事で今日もここら辺で!

アディダス!!!


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