2022年4~5月に読んだもの

分野別修習も第4クールに入り,いよいよ大詰めになってきています。色々書籍に手を付けてはいるものの最後まで読み切れていないものも多いため,前回に引き続き総集編とさせて頂きます。
なお,今回紹介する本はファイナンス関係のものが多めですが,いかんせん読み始めた頃の会計・ファイナンスの知識がほぼ皆無だったので普段の3割増でふわふわした感想になっています… 予めご了承ください。

京野哲也編著「Q&A 若手弁護士からの相談 203問 企業法務・自治体・民事編」

 企業法務や自治体法務の実務上出てくる①聞かれたときに答えにくい問題,②必要な情報に到達しにくい問題,③対応に苦慮するような問題について,ベテラン弁護士の方々の経験を基に203問の質問・回答例が取り揃えられています。想定読者層はタイトルに書かれている通り「若手弁護士」とされており,若手が本書を読むことで,法律相談において実体法上の知識だけで答えてよいか,それともいけないか,といった勘(暗黙知)を培ってほしいという編著者らの意図が窺えます。

 質問例は実際にあった相談を基にしていることからいずれも非常に具体的であり,回答も一般論に終始することなく個別事情に応じた分析や解決の方向性が示されています。また,【ハラスメント】【不祥事】【個人情報】等,質問例ごとにざっくりしたキーワードが設けられており,相談を受けた直後において回答を考えるための情報を得る糸口にしやすい点もポイントだと思います。

 私自身が実務に出ていないため未だこの本の真価を理解できてないのですが,弁護士になったばかりの方々にとって非常に有用な本だと感じました。 
 

西山茂「『専門家』以外の人のための決算書&ファイナンスの教科書」

 財務会計(ざっくり言えば,貸借対照表など企業の業績を外部に報告する資料の作成・分析理論のこと),ファイナンス企業価値の向上等を目的とする資金の調達・活用理論),管理会計(企業の業績に関する数字を社内の経営管理や意思決定に活用するに当たっての分析理論)の基礎知識をまとめた本です。
 私がこの本を読み始めた頃は,財務会計の知識は多少あったもののファイナンスについてはさっぱり分からず,特に「財務諸表のどの部分から何が読み取れるのか」「評価手法による数値の大小は何を意味するのか」といった事項についてイメージが掴めずに困っていました。しかし,この本はアカウンティング・ファイナンスにおける基本的な用語とその意義について丁寧に説明した上で,複数の企業の財務諸表等を比較し,その差異を各企業の事業やその経営戦略の特徴と関連付けて論じており,とても分かりやすいです。

 また,各章の最初と最後に以下のような「ストーリー」とこれに対応する「後日談」があるのですが,その章で扱うテーマの紹介とそのまとめの役割を果たしています。

ストーリー
フリーキャッシュフローとは「自由な」「資金の」「流れ」?
…今回,投資委員会のオブザーバー委員になり,委員会にはじめて出席した北川は,他の事業部から提案された新規投資プロジェクトに関する議論の中で,質問や意見が集中していたフリーキャッシュフローのレベルやタイミングの意味と投資評価との関係が気になっていたのである。
 キャッシュフローという言葉の意味については,資金の流れということでなんとなくイメージできる。ただ,それにフリーがつくとどのような意味になるのであろうか。また,そのレベルやタイミングは投資プロジェクトの評価とどのような関係があるのであろうか。…

【第2章-3「フリーキャッシュフローとは 自由に分配できるキャッシュフロー」177頁】

 私のような初学者にとっては,立て続けにファイナンス用語が出されると「何が分からないのか分からない」という事態に陥りかねないため,問題提起と共にその章で持つべき視点を示してくれるストーリー部分は非常に参考になりました(なお,本文は講義形式・対話形式ではありません)。

 ただ,用語を一つ一つ嚙み砕いて説明してくれているとはいえ,全く事前知識がないと大量の情報に押し流されるので,簿記の勉強をする等して重要な用語を押さえておいた方が読み易いと思います。

田中慎一=保田隆明「コーポレートファイナンス 戦略と実践」

 上に引き続きファイナンス理論の解説本です(アカウンティングについても,前半の章で必要最小限の説明がなされています)。

 ファイナンス理論は基本的に投資家目線で解説されることが多い(ように感じられる)ところ,この本は経営陣がファイナンス理論を経営戦略の策定に活用することを強く意識しているように窺えます。例えば第8章では,実際にあったM&Aに際しての資金調達(マイネットがLBOローンを調達後,第三者割当で得た資金で借入金を返済)を例に挙げ,このような経過を辿った理由について掘り下げて解説がされています。

 また,「実践的」な事業価値算定の解説がなされている点も印象的です。というのも,事業価値の算定や投資プロジェクトの評価を行うに当たっては,フリーキャッシュフロー(FCF:企業の営業・投資活動による内部資金の増減)の予測が極めて重要になるのですが,この本は精密な予測に当たってどのような事業計画を立てるか・前提条件を設定する際の注意事項は何かについて,具体的な事例を用いて非常に詳細に説明しています。

 ちなみに私がこの本を読んだきっかけは,知人が以下のツイートでこの本を紹介していたためです(先に紹介した「『専門家』以外の人の…」も同様)。今回私が本の内容として取り上げたものもM&A・コーポレート部門と深くかかわる部分なので,企業法務に興味はあるもののイメージを持ちづらい人はこの本を読んでみるといいかもしれません。

大垣尚司「金融と法 企業ファイナンス入門」

 上2冊と比べると教科書的(実際,ロースクールにおける企業法務の講義に使われていたこともあるようです)で,実務を知るよりもまずファイナンスに関する知識を網羅的に取得したいという方にお勧めです。

 しかしファイナンス理論の本としては結構古い(2010年第1刷発行)点が気になるので,現在では「入門」にふさわしい別の書籍があるかもしれません(お勧めの書籍がある方は、ぜひ教えていただけると幸いです)。

後藤直義=フィル・ウィックハム「ベンチャー・キャピタリスト ―世界を動かす最強の『キングメーカー』たち」

 これまで紹介してきたものと毛色が異なり,主としてスタートアップと呼ばれる革新的な新規事業に取り組む企業に対して投資を行うベンチャーキャピタル(VC)について,今日におけるVC業界の重要性を解説すると共に,業界を牽引してきた投資家たちに対するインタビューが掲載されています。

 インタビューでは,名だたる投資家によるスタートアップ投資の「成功例」を取り上げ,その事業の革新性や投資へのプロセス,投資家のビジネスに対する考え方の一端を知ることができます。 
 しかし一方で,私のビジネスに対する関心や嗅覚が弱いためか,数々の投資家が異口同音に重要性を語る「投資判断の背景としてのプロセス」-特に,出資条件の検討や事業調査(デューデリジェンス:DD)-の具体的な内容,投資家がどの点を特に重視したのかはあまり見えてきませんでした(そこを語ってしまえば仕事にならないと考えれば,当然かもしれません)。

 VC業界の雰囲気,海外のスタートアップ事業とそのサクセスストーリーを知りたい方にはお勧めです。


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