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【翻訳】 「なぜ人々はインフレを忌避するのか」(ステファニー・スタンチェヴァ氏のXポストより|2024年4月1日)

ハーバード大学の経済学者Stefanie Stantcheva教授ご自身によるNBERのペーパー "Why Do We Dislike Inflation" の要約・まとめを紹介します。

(原文はStantcheva教授のXポストより。〔〕の内容は訳者による追記。)


今回Brookings Institutionに掲載される論文では、「人々はなぜインフレを忌避するのか」というShiller (1997) によって提起された往年の問いかけを現在のデータと調査手法に基づき再検討しています。

インフレーションが単なる「物差し」ではなく、「明確な悪影響を及ぼすもの」として認識されていることはほぼ確実でしょう。〔インフレに対して〕嫌悪感を抱く主な理由はとても明白で、それは自分達の賃金がインフレ率に追いついておらず〔つまり、実質所得の低下〕、生活水準が低下していると感じるからです。

インフレによる生活への重大な影響に関するサーベイ結果

賃金が物価に追いついていないという認識は、インフレ期の賃上げが実際には「インフレ調整」によるものではなく、自身の仕事の成果や進歩〔等による「昇給」〕によるものであるという思い込みにより増幅されます。そしてこの思い込みは、インフレ期に転職する人々の間で最も強く見られるのです。

なぜ賃金が物価に追いつけないのでしょうか?人々は、雇用主は市場原理に従っているのではなく、実質的な裁量権を持っていると信じています。そのため、雇用主が賃上げをおこなわないのは、利益を高く維持するためだと思い込むのです。

インフレに伴う雇用主の賃上げ反応に関する被雇用者のサーベイ結果

人々は消費者、労働者、資産/債務所有者としてインフレの影響を受けます。 そして人々はこの3つすべての側面、特に「消費者」として高コストな調整(購入する商品の量や品質を下げたり、購入を延期したり)をおこなっていると報告しています。

消費者としてのインフレに伴う調整内容のサーベイ結果

そして、インフレは不平等の感覚を増幅させます。その理由として、第一に低所得者層が最もインフレの影響を受け、より大幅な調整を余儀なくされるからです。そして第二に、高所得者層の賃金は他より早く増加するため、インフレに十分対応することができるという認識が確立されているためです。

インフレ率に伴う賃金上昇の期間に関する所得階層ごとのサーベイ結果

さらにインフレは多くのストレスや否定的感情、そして「怒り」を引き起こします。この怒りは、企業、政府、そして「システム全体」に対して向けられるのです。

インフレの原因を誰に求めるかで党派が大きく分かれていることも特徴です。左派は主に企業活動と「欲望」が原因であるとし、右派は「ジョー・バイデン」、つまり政権と政府に責任があるとしています。

インフレの原因に関する党派性(民主党支持 or 共和党支持)のサーベイ結果

経済学者が〔フィリップス曲線として〕考えるような(特定の状況下における)インフレ率の上昇と失業率の低下というトレードオフを人々は全く実感できていません。むしろ、人々はインフレが「不景気」と「高い失業率」に関連しているというスタグフレーションのような認識を抱いているのです。

インフレ率と失業率のトレードオフの認識に関するサーベイ結果

以上が、Stantcheva教授による人々のインフレ認識に関するサーベイ結果のまとめです。

総括すると、人々がインフレを嫌う理由は、「実質所得の低下を実感するから」というものと、「インフレと失業のトレードオフを実感していないから」という、経済学側の理論と人々の認識の齟齬が根底にあるということが言えそうです。

さらには、消費者の側面としての調整を重要視する傾向からも、個々人にとってはマクロ経済の安定よりも日々の生活に関わる物価の方が重要であることがわかり、これまで日本で長らくデフレ状態にも関わらず国民からそれほど不満が噴出しなかったことも説明がつきそうです。


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