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階段ないやん


 荷揚げ屋の応援でフローリング材の階段揚げと聞いて現場に向かったものの階段はまだ設置されていなかった。
 大工さんが慌てて階段を取り付けている最中だった。
 大工さんを見上げる我々の表情は太々しい厄介な荷揚げ屋に映ったかもしれない。
 ただ、大工さんは多分悪くない、こういう場合に予想されるのが現場監督の段取りミスが原因である。
 そんな渦中の現場監督は現場にすらいなかった。

 荷揚げを発注している職人は当然のように「階段が出来たら2階まで上げてそこから差し上げて」と言ってきたようだ。それに付け加え「終わったら端材とゴミを降ろして」とまたも当然のように言うのである。
 ふざけるなである。
荷揚げ屋は揚重工と言われ健康診断ではサッカー、バスケットボール選手よりも過酷な職種ともされている、と聞いたことがある。
 本当かどうかは定かではない。
ただ、それを聞いてから少し誇らしげに現場を回っている自分もいる。
 現場に到着した際「荷揚げ屋さん?」と聞かれ
「そうです」と言うと「荷揚げ屋さん来たよー」と
歓迎されることもある。バッグからメット(ヘルメット)を取り出し装着、ややのけ反り闊歩して現場に足を踏み入れる。
 基本、荷揚げ屋は搬入が終われば終了なのだ。
 そんな過酷とも言える職種でもありながら慣れてしまえば大したことないのだが、いや大したことないことはないのだが、何度か文章で書いた通り我々の目標は1分1秒でも早く搬入を済ませ次の現場に向かうことである。
 そして、きついんだから早く終わらせて早く帰ろうよ、なのである。定時なんてやってらんないでござるよなのである。
 そんな我々に重量物を揚げさせて、ゴミも降ろせだと?もう一度言う。
 ふざけるな、である。
 しかも、本日中に階段は2階までは設置されるが3階は明日設置予定で3階のゴミ降ろせと言うのだ。
 (いやいや、明日階段が出来てから自分らで降ろせよ)
 普通はゴミは職人さんら自らが降ろすものなのだ。
 馬鹿げてるにも程があると荷揚げ屋の職長とぶつくさと文句を垂れながら職人のゴミの件は濁し、そうこうしているとトラックが到着し、作業を開始した。
 階段まで続く通路は狭いにも関わらず他業者の資材で散漫しており通り易いよう移動するところから始まる。
 これも原因は現場にいない現場監督の現場管理を怠っていることにより起きる事象である。
 
 始まってしまえば受け入れて無心で行うそれが荷揚げ屋だ。

 今年2度目の熱中症にかかった。
 人生で初めての熱中症を今年に入り2度経験した。

 吊り革片手に次の現場に向かっている。
結果的に作業は3時間程かかり荷揚げ屋さんからも1人応援が来て何とか終了した。ゴミも降ろした。
 吐き気がする。脇が攣る、脇腹を伸ばして緩和させる。体勢を変え変えしている自分の姿は他の乗客にはどう映っているのだろう。
 ふくらはぎが攣る、ふくらはぎは伸ばしても効果は無いから踏むようにして緩和させる。何故だか吊り革を持っていない逆の脇腹が攣る。そんなことを繰り返しながら次の現場は早く終わる見立てがついているので別現場から合流する相方にギリギリに終わったから少し遅れると嘘の連絡を入れる。
 身体の攣りも治まってきたが、ふくらはぎは慢性的に攣っている感覚がある。
 少し落ち着いたので青空文庫、芥川龍之介の短編「文章」を開くと、次は携帯を掴んでいる手が固まり攣ってしまったようだった。
 慌てて吊り革の手を離し、固まった手を剥がそうとしていると地下鉄がトンネルに差し掛かかった。
 ガラスに反射する、必死な表情をした男と目が合った。
 
 ガラスに映る男は自分よりもこの夏、必死に生きてきたかのような逞ましい姿で両手を握っていて、
 その姿を見て自分もう少し生きていけるようなそんな実感を得た。

 夏の終わり、油断していた僕は熱中症にかかった。
 人生で初めての熱中症を今年に入り2度経験した。

 合流した相方に「午前の現場はどうだった?」と訊くと「掃除掃除、1時間1時間、1時間で終わったよ」
と何気なしに答えてきた。
 その後は「(今日は外れを引いたのか)」と反芻しながらゴミを詰んだ台車を足引きながらトラックへを繰り返した。帰るころには治っていた。

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