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もう1年④

父の面会に行ったのはたったの2回で、その2回目が去年の1月の始め。その時は既に昏睡状態で、父と会話することは叶わず、ただ眠っているのを母とずっと見ていただけだった。一見したところ、いつも家で昼寝をしている父の様だけれど、頬は痩けていて、髪もボサボサで、顔色も悪くて、確実に死に近づいているのだと感じた。窓の外には溶け残った雪が見えて、「お父さん、雪が降ったんだよ。子どもたちと雪だるまを作ったよ。」と報告した。上の娘が2歳の頃、大雪が降って、父と雪だるまを作っていたのをよく憶えている。写真も残っている。

昏睡状態になったおかげ、というのもおかしいのだが、頭が痛いとか吐き気がすごいとか、そういう苦しみは殆ど感じなかったようだ。せめてもの救いだと思った。苦しみながら、何でこうなっているのかもわからず、家に帰りたいと思い続ける入院生活はとても辛く悲しい。苦しかった入院生活経験があるわたしには、かつて帰りたいと訴えていた父の気持ちが本当によくわかった。本当は帰してあげたかった。もう少し顔を見ていたかったけれど、コロナ禍での面会だしなあ(多少長引いても看護師さんには咎められることはなかった。)と、母と病院を後にした。

その1ヶ月と少し後、「お父さん、今亡くなったって連絡がきたよ。」と母から電話がきた。
(続く)

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