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『朱夏を待て』(7)

「それがやっていけなくもなくてさあ。ボトルキープも先払いで継続してくれるっていうお客様が多くてね。まあ心配事と言えば、うちの母ちゃんがエネルギーの持って行き場がなくて逆にボーッとしてることが増えたのよ、ってやっぱりはるちゃんと話すと止まらないから本題に入ってよ。」

「うん、こんな最中になんだけど、本社のちょっと気になってる人とご飯行くことになりそうなんだ」
「やぁったぁはるちゃん、モテるやん。ナンパした?された?」
「あ、でも他に二人連れてくるって。男か女かは知らない」
「でもさ、最初はお友達からってことでいいじゃん。きっかけは何?」
「あまりにも店舗が忙しいから、本社から応援が来てるんだ。」
「それで、ガミガミうるさいおっさんやイヤミおばさんじゃなくて若い女性が来るとかさ、普段頑張ってるご褒美よねー。チャンスじゃん、応援するからさ。」
「ああ、まあ、結婚歴あってもさ、女心とか全然分かんないままだから、かずっちにはいろいろアドバイスしてもらうことになりそうだと思って、それで連絡したんだ。」
「まかせなさーい、どうせ暇だし。グッドラック☆上手くいったらちゃんと紹介してねー。」

都心に近い店舗では、盆・暮れ・正月には人出が減るため売り上げも減る。ただここは地方へ向かう高速道路につながる国道沿いで、帰省とUターンラッシュの恩恵にあずかるのが例年の流れだ。毎年メディアの交通情報を頼りに売り上げの計画を組み、人の波に備える。他店舗からの情報によれば、今年は帰省を控えた人々が都内に残っており、売り上げは減るどころか年末年始を越える勢いになっているらしい。

「なんか、動きが読めませんね。店長は売れるって言って水も消毒液もマスクも発注目一杯にしちゃってるけど。やっと生産が追いついてきたみたいだし。」

「それよりさ高井さん、あの本部の人といい感じじゃないですか?」吉田は自分の聞きたい話を強引に引き寄せた。働きぶりに問題はないが若干お節介が過ぎるのが難点である。「そうそう、あの方ハキハキして明るいし、来ると私も元気出るー。」阿比留はパート達からも人気者となっていた。
「このまま世の中が落ち着いたらさ、交流を深めればいいんじゃない?高井さん一歩引いて見守るタイプだから、お似合いだと思いますよ。」吉田がけしかける。

春哉は当初全く意識していなかった、というか自分の感情に鈍いだけだった。何事にもあらがわないと言えば聞こえが良いが、要は周囲の意見に流されやすい、希薄な男なのである。阿比留の良い印象を少しずつすり込まれていくうちに、高井は自分に対して協力的な彼女にまんざらでもなくなっていたのだ。それは自分じゃなく会社に対してだろう?とは判っていたが、三十路も半ばを過ぎて人生初めてかも分からない気持ちの持って行き場はなく、次はいつ来てくれるんだろう、と数えることしかできないのであった。

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