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好きな場所 / 和歌山
有吉佐和子という和歌山出身の小説家をご存知でしょうか。
昭和生まれの彼女はデビューしてから「才女」として、歴史や古典芸能、社会問題など幅広いテーマを扱った作品を数多く残しています。
彼女は、幼少期から父親の仕事の都合で海外を転々としていました。
だからこそ、ふるさとである和歌山の紀の川を目にしたときに、日本にしかない自然の風景に心奪われたのだとか。
その情景は、物語の舞台として彼女の小説に度々登場しています。
代表作である『紀ノ川』は、近代という時代の流れ、価値観の変化のなかで明治から戦後を生きた三世代の女性を描いている作品です。
さて、ここから『紀ノ川』のあらすじや感想を永遠と綴ろうかと思うのですが、残念なことに未読であるため、また機会があるときに。
今回は、有吉佐和子が惚れた紀の川について、自分も心を重ねてみたいと思います。
実は、私も有吉佐和子のように紀の川に惹かれた女のひとりであります。
これまで私の住まいの近くには〈川〉という存在がありました。兵庫県たつの市の揖保川、西宮にある武庫川、京都で有名な鴨川。そして今の暮らしの側で流れている紀の川。
家から職場までは必ず紀の川を渡るため、毎日その川の美しさに心を寄せています。
市内の紀の川は海との距離も近いため、まるで海のような雄大な表情を見せてくれます。
時には、早朝の白く柔らかい、それでいて透明度を感じる凪いだ表情や、青空を思いっきり着飾ったような爽やかな色で心を満たしてくれます。海風と一緒に遊んでいるような激しい白波や、夕焼けのオレンジ色の美しさを誰よりも知っている水面など、季節や時間によって見える紀の川の細やかな変化には、いつも日常のよろこびを感じます。
河川敷や緑地公園では、ランニングや野球で良い汗をかいている人たちや、釣りを嗜む人、ワンちゃんとお散歩を楽しんでいる人など、ひとりひとりの日常のかけらと出会うことができます。
季節ごとに、オレンジや紫、白色など、様々な花がいろとりどりに咲き、野良猫をはじめ、野生のエイやカメなどもその豊かな自然と暮らしています。
ある時、いつものようにお散歩をしていたら、まるで炭酸ジュースの蓋を開けたときのシュワシュワという音が聞こえてきました。
一体何事か!と驚いて辺りを見渡してみると、足元に無数の小さなカニたちが歩いていました。(ご飯粒みたいなサイズでした!)
人の気配を敏感に感じ取って自分たちの巣へ戻ろうとしているのか、シュワシュワと音を立てて茂みに隠れていきます。草や葉をみんなで踏みしめる音が、炭酸の音のように心地よく聞こえたのでしょう。
小さな生き物たちもこの雄大な紀の川の側で生きている。
きっとお互いに恵みを分け与えながら。
そんなことを感じたひとときは、私にとって大切な発見の時間でもありました。
遠くから眺めていても、近くで眺めていても、紀の川はいつも美しいです。
特に、海側に沈んでいく太陽を眺めている夕暮れ時がお気に入りです。
遠くで聞こえる車の音、近くで聞こえる波の音。西は眩しく、東は暗闇が透きとおっている。ひとりひとりの日常をこの宇宙が広く見守っているみたいで、その時間に心を委ねることが好きです。(俗に言うたそがれいるっていう感じです)
ふと、ぽちゃんと水面にひびく音。
「あ、魚が飛び跳ねた」
そう思ったときには、水面には魚の面影はなく、飛び跳ねた後の波紋だけが静かに残っているのでした。
その瞬間的な出来事は、まるで夜空を駆ける流れ星のよう。
ぽちゃんという音が聞こえる度に、心のなかで不思議と願いごとをしてしまう自分なのでした。
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好きな場所 / 紀の川
生命たちと生きて、日常に還る。
その心は海の仲間であり、海の一種であり、海そのものである。
西日に向かってはじまりを目指していく。
そこは、生命が宇宙とふたたびめぐりあう待ち合わせ場所。
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