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判定自動化は「最強の眼」になるか?ストライクコールの「意味」を再考する

 こんにちは。ユニフォームにうつつを抜かしてまともなnoteを書いてきませんでしたが、今回はちょっとピリッとした記事を書きます。たぶん。

 テーマはタイトルにもある通り「ストライクゾーン」です。先日、NPBからこんな発表がありました。

広島以外の11のフランチャイズ球場(※)、および一部の二軍フランチャイズでも導入されている、ドップラーレーダーによる弾道測定システム「トラックマン」を用いて、審判員にストライクコールに対するフィードバックを行う、というものです。

「ボールがどこを通過したか」すなわち「球審がストライク/ボールとコールした投球が、実際にはどうコールされるべきであったのか」に関する客観的な情報を得ることで、審判員のコールの"精度"を向上させることが期待されます(あえて" "を付けた理由が今回の記事のメインテーマです)。

広島にトラックマンが導入されない背景・NPB構造の問題点を考察する記事をだいぶ前にリリースしました。未読の方はよかったら読んでみて下さい。完全に宣伝です。

 また、NPBに先んじてトラッキングシステムの利用・共有が進むアメリカでは、独立リーグでトラックマンによって取得されたpitch locationを球審に直接伝え、それをコールしてもらうという、いわば判定の半自動化実験が行われています。実験が行われているAtlantic LeagueはMLBとパートナーシップ協定を結んでおり、このリーグにおけるシステムの導入が、今後のMLBの舵取りに何らかの影響を及ぼす可能性は十二分にあると考えられます。

余談。個人的にこの実験のデザインにはいくつか問題点があると感じています。「実験である」と明記されているわけではないのでそういう視点で考えるのが適切とも思いませんが。本筋から逸れるので今回は割愛します。

 このように、野球界では、近年急速に「ストライクゾーンの厳密化」に対する議論・システム改善の動きが進められています。中でも最も大きなムーブは、やはり判定の自動化でしょう。

 ここで議論したいのが、「これまで人間が下してきたコールを機械が代わって行う、ないし機械によるアシストを行うことは果たしてそのまま『審判のレベル向上』とイコールなのか?」という問題です。一見すると何を言っているのか分からないと思いますが、ぼくは非常に重要な議論であると考えています。

今回は、ぼくが感じているこの疑問にフォーカスして、読者の皆さんにこいつが何を考えているのか理解してもらうことを目標に記事を書いていこうと思います。今回も長くなりますが、夏休みの暇つぶしにでもしていただければ幸いです。

※時間がない方はストライクゾーンの「意図」とは?人間の眼とグレーゾーンの存在意義の項だけでも是非読んでいって下さい。要点はここです。

厳密な定義

 まずは大前提となるストライクゾーンの定義を再確認しましょう。MLBの公式サイトでは、打者が投球を見送った際に球審がストライクをコールする範囲、すなわちストライクゾーンを以下のように定義しています(以下公式サイトから引用、日本語による要約は筆者)。

The official strike zone is the area over home plate from the midpoint between a batter's shoulders and the top of the uniform pants -- when the batter is in his stance and prepared to swing at a pitched ball -- and a point just below the kneecap.


ホームベースの上をノーバウンドで通過した投球で、以下の高さの基準を満たすものを打たずに見送った時、球審は「ストライク」をコールする

上限:打者の肩のラインとユニフォームのパンツの最上部のラインのちょうど中間に位置するライン
下限:打者の膝蓋骨の最下部

それぞれの高さは、打者が投球を打ちにいくための姿勢で立った時のものを基準とする

わざわざ引用するまでもなかったかも知れませんが、野球を観る人なら誰もが把握しているストライクゾーンの定義です。当然ながら、この定義によって、ストライクゾーンには立方体の境界線が引かれます。この立方体の一部を通過した投球はストライク、逆にそうでない投球は、たとえそれがゾーンから1mm外れただけであってもボールとコールされるという定義になります。

コールの「現実」

 ところが、実際にプレーする上では、この定義が厳密に適用されているわけではありません。定義したストライクゾーンはサッカーやバスケのゴール、あるいは野球のファウルラインのように可視化されているわけではない上、打者の身長や体型によって上限・下限が変化しています。160km/hに迫る豪速球や打者も見切れないような鋭い変化球をノーサインで、しかもキャッチャーの後ろという死角もあるエリアから見て精確なコールをしろというのはちょっと無茶な要求です。審判の、というより人間の眼が、厳密な定義に追い付けていないとも言えるでしょう。

 実際、トラッキングデータが公開されているMLBでは、

ストライクとボールの間に厳密な境界線が引かれているわけではない
:同じコースの投球がストライクとコールされたり、ボールとコールされることがある
ストライクゾーンは立方体ではない
:ゾーンの四隅への投球はストライクコールされにくい

という言説が一般に受け入れられています。日本語でいう"誤審"の存在が認識されているわけです。

ストライクゾーンの「意図」とは?

 ここで問題にしたいのが「そもそもなぜストライクゾーンを決める必要があるのか?」という問題です。ベースボールの草創期には「打者が見送った投球はすべてボール」という、今やったら永遠に試合が終わらなさそうな規則が採用されていた時代もありました。

 strike: ストライクという動詞の意味は色々ありますが、野球のコールで使用されているのは「打つ」の意味でしょう。これを命令形で使うことで、打者に対して「今のは打てるボールだった、打ちなさい」と警告を与えるのがコールの意図であると取れます。警告が3つで打たなくてもアウト、というわけです。

 つまり、ストライクゾーンはそのボールが(打者の得手不得手は別にして)物理的に打てるボールだったかどうかによって定義されていると理解することができます。ストライクゾーンの中心、すなわちド真ん中から離れれば離れるほど、そのボールは打ちにくくなるとみなします。これを踏まえて、定義に基づく厳密なストライクゾーンの境界線について再考してみましょう。

 上の図はストライクゾーンの右端を切り出したものです。真ん中に引いたラインが定義に基づく境界線で、境界線に少しでもボールが掛かっていればストライク、それより右にズレればボールとなる状況です。

 図の中には2つの投球を描き入れました。見やすくするために上下に描画していますが、高さは同じとすると両者はほとんど重なっている2球で、片方はわずかに境界線にかすっていますが、もう一方はギリギリ触れていません。つまり厳密な定義によると、前者はストライクで後者はボールに分類される投球、ということになります。

 ここで、二つの投球の「打ちやすさ」を考えてみましょう。今説明した通り、両者の違いは境界線にかすっているかどうかだけで、通過した位置は「ほとんど」同じです。球種や球速が同じなら、この1mmないしそれよりも小さな差が、打者がスイングした時のコンタクト率や打撃結果に大きな影響を及ぼすわけでなさそうなのは想像に難くないと思います。極端な話、ゾーンのド真ん中と比較すれば、両者は同じボールであると言ってもいいでしょう。それがわずかな通過位置の差だけでコールの明暗を分けることになっているわけです。

 別の例を考えます(下図)。今度はそのわずかに内側、ストライクゾーンの中の2球です。これも投球の通過した位置はほとんど同じで、2球の間の距離は前の2球のそれと同じであるとします。

 定義より、このボールを見送った時にコールされるのはどちらもストライクです。すなわち、2つの投球間の距離は全く同じであるにも関わらず、両方がストライク/ボールになる組と、一方だけストライクになる組が存在するというのが現在の定義であるわけです。これは果たして「打てる投球をストライクとする」という当初の意図に見合ったものと言えるでしょうか。個人的にはそれがベストな裁定ではないと感じています。

人間の眼とグレーゾーンの存在意義

「今のがストライクならさっきのもストライクだろ!」

野球を観ている、やっている人なら誰もが耳にする・口にする言葉です。この発言の裏には「同じ位置を通過した投球は必ず同じ判定を下されるべきである」という意図が存在しています。これは定義によるストライクゾーンの認識を元にした発言で、こうした感情を抱くのは全く不思議なことではありません。

 一方で、試合中、こんな声が掛けられることもあります。

「追い込まれたら『クサい』球はカットしろ。
ギリギリのコースを見逃して三振を取られてはいけない」

もちろん「自分がボールと思った球が絶対にストライクゾーンを通過しないとは限らない」というのも理由の一つでしょうが、一方でゾーン管理能力の極めて高い、すなわちボール・ストライクの見極めに長けている打者であっても、2ストライクからスイングするゾーンを広げる、というアクションは共通であるように思います。これは「ゾーンの端にあるボールは一定確率でストライクとコールされる可能性がある。2ストライク目まではいいが、三振すると何もできずにアウトカウントが増えてしまう。だからスイングするゾーンを広げる」という意図によるもので、つまるところ

「このあたりのボールがどれくらいの確率でストライクとされるか」

を見積もった上でスイングするかを決めているわけです。


 球審自身は厳密な定義に基づいたコールを心がけていますが、上述のMLBの分析にもある通り、実際には高い確率でストライクをコールされるコースと、低い確率でしかコールされないコースが存在していて、同じコースの全ての投球に対して同じ判定を下すことは不可能であると言えます。もちろんド真ん中の投球は100%ストライクとコールされるべきですし、反対側の打席のラインよりも外れた投球がストライクとコールされるのは問題です。

 しかし一方で、ぼくはこの人間の目による「曖昧な」コールが、偶然にも厳密な定義の弱点を一部補完していると考えます。

 先ほどの境界線ギリギリの投球の例に戻ります。球審の目には二つの投球は「ほとんど同じ位置」に見えています。この時、打者やカウントなどの条件が同じなら、二つの投球がストライクとコールされる確率はほぼ同じになっているはずです。ゾーンの中心に寄ればその確率は緩やかに上昇しますし、逆に離れていけば確率は下がっていきます。

厳密な定義によるストライクゾーンでは、境界線の内外でストライクコールの確率が0%から100%にジャンプしますが、球審には境界線が見えていないがために、その確率が特定のポイントで突然上下することも考えにくいでしょう。これにより、実際には

ほとんど同じ位置にある2つの投球は、
それがどこに投じられたものであれ、
ほとんど同じ扱い:ストライクコールの確率 を受ける

というルールのもとでストライク・ボールの判定が行われてきた、ということになります。厳密な定義によるストライクゾーンでは実現できなかった、「打ちやすさ」と「ストライクコールの割合」の一致が、人間の目によるあいまいなストライクゾーンの導入によって実現できているというわけです。ぼくはこの「連続性」こそが、人間の目によるコールが生み出した、思わぬ副産物であると考えています。

 その1打席、その1球のコールはストライク・ボールのいずれかにしかなりませんし、その1球が勝負の、あるいはその選手の野球人生における分水嶺になることは間違いありません。一つひとつの場面を取り上げれば、ジャッジが一貫していないことに不満を感じる選手・ファンは少なくないでしょう。

 それでも、こうした確率分布によって定義される:ランダムなゾーンを作ることによって、長い目で見ればある意味厳密なストライクゾーンの定義を超えた「公平」なジャッジを実現することができる可能性がある。これが、今回の記事でぼくが主張したかったポイントです。

一貫していないが公平!:コールの「ランダム性」を含む判定自動化の可能性

 とはいえ、ぼくは目視によるストライク・ボール判定の継続に必ずしも賛同していません。前項で「打者やカウントなどの条件が同じなら」と注釈を付けましたが、打者によって判定に偏りが出るなどもってのほかですし、カウントによってゾーンが伸び縮みするのも合理的とは言えないでしょう。人間の脳に完全なランダム性を生成させるのは至難の業です。

 以上のポイントを踏まえると、最終的にはトラックマン、あるいは来季からMLBに導入される画像解析システムHawk Eyeなどの機械によって判定を(半)自動化するのがベターだと思います。確率分布さえ与えてしまえば、ポ●モンの技の命中判定をする乱数生成の要領で完全にランダムなコールを実現することができる機械の力を取り入れることで、

「目視による判定によって生まれた、より望ましいと思われるストライクゾーンのシステムを残しつつ、人間による判定から取り除くことが難しいバイアスを取り除くようなシステムを構築する」

ことを目指すわけです。

これまでの議論から、与える確率分布は

・(厳密な)ストライクゾーンの中心から一定の距離の範囲内にある投球は100%の確率でストライク
・中心から一定以上離れた投球は必ずボール
・厳密な定義における境界線の周辺は、内側から外側に向かってストライクを取る確率が100%→0%へと緩やかに下がっていく

という条件を満たしていれば大丈夫でしょう。もちろんこの確率分布の生成には、これまで人間の球審が下してきたコールのデータが大いに役立つはずです。「さっきはストライクだったのに、今度はボールか」という事象が(特定の範囲において)許容されるという点では「一貫性がない」とも取れますが、長期的には、真に「公平な」ストライクゾーンを実現することが期待されます。

 これまでの球界で議論されてきたコールの自動化は、単に厳密なストライクゾーンを適用するいわば「最強の眼」の導入を前提にしていましたし、またそうすることが、現場で実際に使われているストライクゾーンの精度向上とイコールであると考えられてきたと思います。

 しかし実際にはこの記事で説明してきたように、この間にもう一枚検討すべき重要な課題がある、と考えるのが適当ではないでしょうか。人間によるジャッジと、現在議論されている機械によるジャッジとの間には、構造上の違いが含まれていると言えます。

 判定の自動化を、という論調で書いてきましたが、実際にアマチュアを含めたすべての野球をする環境で自動化のための設備を整えることは不可能でしょう。子供たちが公園でやる野球に機械化された審判が導入されるのはずっと先のことです。その子供たちの野球と、プロが人生を懸けてやる野球のコールの次元を揃えるためには、ここまで議論してきたような「ランダムな」自動化の検討が不可欠であるように思います。まずはこの問題の存在を認識し、その上で議論を深めていくことが必要である、という提言を行って、今回の締めとさせて頂きます。

終わりに

 今回はここまでです。ストライクゾーンがこれまで思われているようにバシッと線引きができるものではないこと、そうであることで実現できたプラスの側面も存在していること、今後ますます進むと思われるコールの自動化に関する議論にはこうした側面への考慮が必要になることが伝わっていれば幸いです。ありがたいことにnoteには後から中身を校正する機能もついているので、「結局何が言いたいのか分からん」という方がいらっしゃれば随時更新していきたいと思っています。ご意見・ご感想・ご質問などあれば遠慮なくご教示下さい。毎度の長文にお付き合いいただき、ありがとうございました!

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以降有料設定してますが、中身はぼくが好きな曲のYouTubeリンクを貼ってあるだけで、記事自体は全編無料で公開しています。ここまでの内容を読んで「100円払う価値があった!」と思って下さった方がいらしたらぜひ。

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