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NPB機構の構造考察

 今回はNPB球団の、オーナー企業への依存傾向の強い経営システムが引き起こしている問題について考察します。

広告塔としてのプロ野球

 現存する12球団のうち、オーナー企業(親会社)を持つのは広島を除く11球団。そのうちの多くが、球団経営による収入(入場料・放映権・ユニフォーム等の広告収入・グッズ販売等その他の収入)で賄えない部分を親会社に補填してもらう形で運営されている、と言われています。また、そうでないチームも、チームの運営・編成について、親会社の意向や企業カラーが色濃く反映されているのが現状です。親会社の株主総会でチームの成績や采配に関する質問が飛び交う球団もあるとかないとか。
 NPBの草創期から続くこの運営スタイルですが、僕はこのシステムがNPB全体を動かしていく上での障壁になりうると考えています。具体的には「各球団の行動に連盟からの制約を掛けにくい」点を問題視しています。
 連盟から各球団に対して何らかの働きかけを行うことは、各球団の主体的な意思決定を制限するため、しばしばネガティブなイメージを持って語られます。しかし実際には、各球団が自らの利害のみに基づいて行動することで(これ自体は否定していません)、全体からみると非効率な結果を招いてしまう場合も少なくありません。その中で今回は、ドップラーレーダ―(以下トラックマン)の普及、そしてリクエスト制度に関する問題を取り上げます。

設備投資の格差

 球団のデータ戦略に関する2本の記事のリンクを貼りました。1本目は12球団の本拠地球場の中で、唯一広島だけがトラックマンを導入しておらず、独自のデータ管理、分析を行っていること、2本目はその逆、ソフトバンクがトラックマンに画像解析システムを併せた「擬似Statcast」を設置、さらに詳細な分析を活用していることを報道しています。

 トラックマンを用いた分析の効果のほどはさておき、広島のみが測定機器を導入しておらず、もしこれを一般公開を含めた形でオープンにするとなると、11球団は自球団の情報を広島にタダで渡すことになりますから、もちろん応じるはずがありません。広島の方も、その他の方法で自球団の選手のデータは取得できているわけで、あえて今からトラックマンを導入するためのコストを負担してまでこの情報網の中に入りたいと考える可能性は低いと思います。
 一方、他球団よりも手厚い設備投資を行ったソフトバンクは、詳細な計測データを独占している状況にあります。画像解析と併用したからこそのトラックマンデータの活用方法を見出している可能性も考えられます。当然この場合も、ソフトバンクが自前で投資を行って計測したデータをわざわざ他球団に公開するメリットはありません。
 情報の一般公開には、私たちファンが見て楽しむだけではなく、熱心なファンや外部のアナリストによる分析を促し、結果NPBの範疇にとどまらず、野球界全体にとってプラスに働くような知見を獲得するきっかけになる可能性があります(正の外部性)。しかし、上記の例のように、球団間でアンバランスな情報共有、設備投資がなされている現状では、仮に球団にその意思があったとしても、計測されたデータをMLBのように一般公開することは期待できないでしょう。

リクエスト制度の精度

 次に取り上げるのは、今季からNPBでも導入されたビデオ判定システムです。ジャッジの精度改善を目的に、MLBのチャレンジ制度とほぼ同一の規定で導入されたこの制度ですが、1年目の今季は、一度覆った判定が後から誤審であったとする声明がNPB機構から発表されるなど、良い面でも悪い面でも大きな注目を集めました。細かなルール上の問題点や、それ以前の段階としてファーストコールの精度についても改善を求める声が上がりましたが、今回問題視するのは「そもそもカメラの設置台数、位置や角度が不充分である」とする指摘です。
 NPB球団は、本拠地球場を親会社や系列他社を含めた球団で所有しておらず、使用料を払って間借りする形で確保することを許しているため、カメラの設置に球団以外の合意を得なければならない場合が存在します。そのため、仮に親会社の同意が得られても、実際に球場に手を加えるのが難しい(これ自体も問題だと思いますが...)のですが、やはり最も重要な部分としては、この親会社の同意を得る必要がある、という部分でしょう。そもそも、NPBとしてジャッジのクオリティを改善したいのならば、動くべきはNPBであり、そのための映像資料をメディアの中継画面から拝借しているという現状はお世辞にも整った環境であるとは言えません。それでも、こうした設備の設置権限が、球団あるいはそれよりも遠い主体に存在しているこの状況で、NPBが手を打つのは難しいと言わざるを得ないと思います。

中央集権的な構造への転換で足並みの揃った改革を

 ここまで議論してきた問題を解決する上で求められるのが、各球団を取りまとめるNPB機構としての意思決定、そしてその実現力です。NPBの決定にある程度の強制力を許すことで、球団間の設備投資に最低限のラインを設けることが可能になります。また、各球団の支払い能力(総年俸など)を考慮して資金プールを設置し、充分な測定・撮影機材を確保できない球団に対して援助を行う、もしくはこれらの設置・管理を一括して行うことができるのもNPBならでは。こうした施策は一部の球団に不利益をもたらすため、仮に全体で見た時に有効なものであると考えられたとしても、特定の球団主導では行うことが「構造上」できないからです。このNPB、すなわち中央権限の強化において障害になっているのが、冒頭で触れた「親会社依存の球団経営体質」です。
 親会社は目的はどうであれ(自社の広告・メセナ)自球団の強化・維持のために資金を注入・赤字を補填しているわけですから、そこから「球界の改善・発展のために」という理由で勝手に他球団のためにお金を遣われてはたまりません。NPBとしては12球団制を維持できなくなってはいけないので、赤字球団の親会社が「うちは経営から手を引く」と言われると現状それ以上の無理強いはできないことになります。
 繰り返しになりますが、ぼくはこうした親会社の行動を批判する目的でこの記事を書いているわけではありません。自分たちの会社にとって不利益になるような行動を取っていたら、それこそその会社の出資者に対する背任行為と言われてもおかしくないでしょう。球界にとって必要だと思われる改革をいち早く行うために、現状の利害関係を見直す必要がある、というのがぼくの主張です。

個性か、不公平か

 1つ目の例への反論として「トラックマンを導入するかしないかは各球団のチームカラーだから、それを強制する必要はない」という意見が考えられます。確かに、資金力に乏しいチームが独自の方法で力を付け、強敵に立ち向かう姿は非常に魅力的です。
 しかし、選手の側に立ってみるとどうでしょうか。現状、海外FA権の取得には高卒選手で9シーズン分の一軍登録が要求されます。球団に独占的な交渉権がある間、選手は比較的低条件での契約を余儀なくされるので、最短でも27歳、一般に守備に関してはピークを過ぎると言われる年齢まで、移籍交渉の自由を奪われることになります。現行のドラフト制度は球団選択の自由を許していませんから、選手からすれば、施設環境も資金力も違うチームの中から「たまたま」選ばれた球団に入り、そこで選手生活の大半を過ごすことになるわけです。資金力のある球団に入った選手とそうでない選手との生涯賃金の差は「たまたま」で済むものにはならないでしょう。
 選手が自分に合った環境を求めて、ある程度自由に進学先を選択できる高校・大学ならまだしも、ときに「選手はNPBという企業に就職し、球団という部署に配属される」という表現をされることもあるプロ野球で、こうした環境の格差が存在しているのは大きな問題です。球団間の過剰なアンバランスは選手から球団選択の自由を奪う正当性を失わせます。個人的には、プロ入り後の成長・待遇に関する格差を「球団のカラー」「個性」の一言で片づけてしまうのはあまりに不公平な気がします。

財政健全化はNPB存続の必要条件である

 今回は、NPBの収益構造・利害関係がもたらすデメリットに関して考察してきました。プロ野球という産業が、それ自体で黒字を出し続けることは、この業界が今後も存続していけるかどうかにもダイレクトに関わってきます。実際、近年はNPB内でこうした動きが広まり、以前よりも球団としての財政健全化への取り組みは熱心になってきているようです。これは、情報化社会の進展で時代の流れ・サイクルが早まったことと無関係ではないように思います。あえて球団を保有して自前で経営を行うという形でなくとも、ネーミングライツの取得や、経営の外部委託といった方法で、オーナー企業が目的とする広告効果を実現することができるようになるかも知れません。また、これまで盤石と思われていた産業が急激に衰退すれば、永くオーナーとしてプロ野球を支えてきた企業が、採算が取れないことを理由に球団を手放すことを検討することも充分に考えられます。こうした状況を考慮した上で、球界の発展・存続のために各球団が親会社からの自立を進めていくことが必要になる、というのが今回の結論です。

 今回も長くなりましたが、最後まで読んで下さってありがとうございます!

#野球 #プロ野球 #NPB #巨人 #阪神

貨幣の雨に打たれたい