書評「神戸新聞の100日」

 「午前5時46分」。この言葉を聞くだけで、震災を経験していない若者でも神戸の人間であれば、誰もがあの日ことを思い出す。私も震災を経験していない若者の一人だが、幼いころから学校で毎年のように震災学習を受けてきたため、震災のことはよく知っている。そのつもりだった、この本に出会うまでは。

 神戸新聞社は、阪神・淡路大震災によってコンピューターシステムが完全に麻痺。あらゆる機材が使用できなくなった状態から、翌日には新聞の製作、配達に至るという偉業を成し遂げた。私はこの偉業を過去に聞いたことがあったため、なかば興味本位で本書を選んだ。しかし、その道のりは私が思い描いていたほど生易しいものではなかった。そこには、社員のジャーナリストとしての取材の葛藤や苦しみ、刻々と迫る時間と闘う姿があった。

 本書は震災によって被災した神戸新聞社の復旧・復興を克明に描いたノンフィクションのドキュメンタリーである。構成は第1章「本社崩壊」から第6章「生きる」までの6章で、震災前夜から被災、復旧と時系列で進んでゆく。全体を通して、人物の精神描写や被災した街並みの悲惨さに、とてつもなく臨場感があった。特に、被災直後の社員それぞれの様子や街の様子が事細かに描写されていた冒頭部分は、読み初めにしてはかなりの衝撃があった。その後の新聞製作についても、刻一刻と迫る締め切りに「時間がない。最短距離でつくらなアカン」「ぶっつけ本番」と彼らの焦りや憤りを自分のことのように感じられた。震災当時の様子をここまで詳細かつリアルに描かれている本は、あまり多くないのではないだろうか。

 冒頭に述べたように、私は震災についてよく理解していたつもりだった。しかし、本書の冒頭から「16日午後7時」「17日午前3時半」と、地震が来ることなんて知る由もない人々の背後に迫りくる震災の気配。この理不尽な危機感だけで、私はこれまで感じたことのない震災への憎しみを覚えた。このときはじめて「自分は震災を知らないんだ」と痛感した。

 本書は、私のような「震災を経験していない若者」に是非とも読んでもらいたいと思う。震災学習で、悪い意味で「震災慣れ」してしまっている私のような若者には、震災に対する意識を変える良い刺激になるはずだ。また本書は新聞社内の機械類や専門的な話も多いため、映像資料として2010年に放送、DVD化された『神戸新聞の7日間』もあわせて視聴してみると、何名か本書の登場人物が出てくるため、話の展開を理解する助けになると思うのでお勧めする。

(文:末常生英)

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